岩波少年文庫を全部読む。(14)児童文学界のライオットガール登場 アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』
世界一つよい女の子という、ライオットガール的表象
『長くつ下のピッピ 世界一つよい女の子』は作者リンドグレーンが幼い娘カーリンに語った物語です。
水難で行方不明となった船長の娘である赤毛の少女ピッピが、チンパンジーのニルソン氏を連れて、町はずれの父の家にやってきます。
隣家セッテルグレーン家のきょうだいトミーとアンニカは典型的な「いい子」。大人の干渉を受けないピッピの独立自由な生活、馬をも軽々と持ち上げる怪力、快楽原則に忠実な行動に目を見張ります。
本書は童話ならではの荒唐無稽さを生かして、1990年代の米国西海岸で発祥したライオットガール(フェミニズムに影響されたパンク)ムーヴメントさながらの活躍を描きます。
題名の由来
大塚勇三による巻末「訳者のことば」に、本書の由来が書いてあるのですが、これがおもしろい。訳者が外交官でやはりリンドグレーン作品を数多く翻訳している尾崎義よしから聞いた話として紹介しています。
本書が生まれるきっかけとなったのは、まだ幼い娘がウェブスターの『あしながおじさん』(Daddy-Long-Legs, 1912。スウェーデン語題Pappa Långben、『長あしのパパ』)をもじって
これが作者の2冊目の単行本にして国際的なブレイク作となったわけですから、娘の他愛ない言葉遊びが世界的児童文学者を世に出したということになります。ただこの話は、スウェーデン語版Wikipediaにも見られないのですが…。
なお、この話のソースとされる尾崎義自身も本書を翻訳し(講談社青い鳥文庫版)、岩波少年文庫では同じ作者の《カッレくん》シリーズなど5作を訳出しています。
僕は『あしながおじさん』(続篇も含め)はかなり好きな作品なのですが、年長者の期待に応えるジルーシャ・アボットと、それから逸脱しつづけるピッピとは、その点ではたしかに正反対ですね。
ところで、ピッピは〈赤毛〉なのに、その父エフライム船長は〈黒人の王〉であるとは、どういうことでしょうか? この少々キナ臭い話題については、シリーズ完結篇をあつかう第14回で余裕があれば少しだけ触れたいと思います。
なお本書は、高畑勲・宮崎駿・小田部羊一らによって1971年にアニメ化の企画が持ち上がりながらも頓挫したそうです。
Astrid Lindgren, Pippi Långstrump (1945).
大塚勇三訳、桜井誠挿画。巻末に「訳者のことば」を附す。
1990年7月2日刊行、2000年6月16日新装版。
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