メイと呼ばせる女 外伝(1)
おひかえなすッて!
手前、生国と発しますは、
房総のさびれた漁村で生まれました。
房総、房総言いましても、恥ずかしながら小せい街と海山で育ち、
縁あって東京は新宿にたどり着きました。
柳川組の木村の兄貴に拾われ、
佐々木の兄貴の下で任侠を学んでいる
佐藤壮一と申しまㇲ。
自分、自慢じゃありませんが、頭には何もありません。
ただただ、木村の兄貴の任侠を目指していまㇲ。
人呼んで房総の壮一と申しまㇲ。
うーん、房総の壮一じゃ決まんねぇなぁ。
もっとカッコいいのはねぇかなぁ。
拳の壮一とか、殴りの壮一なんかいいなぁ。
「こらっ、いつまでもぶつぶつ言って便所掃除してんじゃ?」
「はいッ、佐々木の兄貴、終わりましたㇲ。」
「それじゃ、俺が要足す前に、なめて見せろ。」
「はッ? 便器をですかッ?」
「気合い入れて磨いたんじゃろ?
それとも舐められないぐらい、いい加減な掃除をしたんか?」
「いえッ。根性入れて磨きましたッ、舐められまㇲ。」
「おい、徹、新入り相手に兄貴風吹かしてんじゃねーよ、
仕事に行くぞ、壮一もついてこい。」
「はいッ!」
「おめいがトロトロしてっから、
木村の兄貴に叱られたじゃないか。」と
佐々木の兄貴に殴られた。
今日は木村の兄貴の仕事の手伝い。
木村の兄貴が世話になっているバー雅のツケ取りで、
飲み代をツケにして払っていない素人さんが会社から出てくるのを見張り、出てきたら佐々木の兄貴と、声をかける。
「田中さんㇲよね?」
「そうだが?」
「あのー、半年のツケがようけ溜まっているㇲ。 半分でも払って、」
いきなり佐々木の兄貴にぶん殴られる。
「おめー、なにくちゃべってんだ。」 鼻血を流しながら、涙目で
「痛いㇲよ、兄貴。」
「田中さん。うちの兄貴も来ているんで、
耳を揃えて払ってくれませんかね?」 そう言いながら、
また兄貴がぶん殴る。
「おい、徹。 お客さんに手をあげていねぇだろうな?」
「へい。 壮一が余計なことをくっちゃべったので、
壮一を教育していました。」
「ほうか、それならよい。お客さん、あっしの顔に免じて、
払ってはくれませんかね?この通り、お願いします。」 と
木村の兄貴が頭を下げると、
「わ、わかった。ち、ちょっと待ってくれ、金をおろしてくる。」
「いくらでも待ちます。おい、壮一、このお客さんに付いて行け。」
「わかっているだろうな、壮一。」
「わかっていまㇲ。佐々木の兄貴。」
そう言いながら田中さんに付いて行き、お金を卸すの待って、
木村の兄貴の所へ。
田中さんの手が震えている。
「これで。」 木村の兄貴がお札を数えて、
バー雅の領収書を渡す。
「また、よろしくお願いしますよ、お客さん。」
木村の兄貴との出会いは、房総の港街。
なんでも、房総の親分さんの襲名披露に招かれて、
組長の代参で来たそうで、
そんなことを知らないおれは、
幼馴染の祥子と街に一軒しかない飲み屋で
仕事を辞めたことで言い争っていた。
「壮一、どうするの仕事辞めて?」
「俺には漁港の仕事は向いていないから、やめた。」
「じゃぁ、壮一、東京へ出ようか?
ヘアーサロンの仕事はどこでもあるし、
東京なら壮一に向いた仕事もあるかもよ。」
「ばーちゃんはどうするんだ?」
「大丈夫よ、三人でさ、東京へ行こうよ、私も働くから。」
そんな中、元同僚三人が入ってきて、俺を見つけると
「なんじゃ、壮一、こんな所でヒモの真似事してんのか?」
「やめて、壮一。」と祥子が腕をつかむ。
「大見え切って漁港を辞めたのは、女に食わしてもらえるからか?」
「ちょっと待て。」
「ふん、祥子もこんな男でもくわえるんか?」
「壮一!」と祥子が腕を引っ張る。
「自分の女が恥をかかされて黙っていられるか!」
俺は手元にあったコップを投げつけ、ビール瓶を手に取る。
コップの割れる音に、あの人が声を掛ける、
「こらこら、やめんか、ガキども。 喧嘩するなら表でやれ、
それにしても三対一じゃ卑怯だぞ。」
「なんだ、このおっさんは?」 元同僚達が口々に、
「おっさんは引っ込んでろ!」
「それなら、おっさんがこの喧嘩かうと言うのか?」
「これは俺の喧嘩だ。」と俺。
「買うてやる。いいから、全員、表へ出ろ。」とあの人。
「おう、でたる。」 なんじゃこのおっさんはと思った。
「危ない真似、しないでね。」と祥子。
店のおやじさんが、
「心配しなくても、あの人に任せて大丈夫だよ。
房総の親分さんの友人だ。」
「どうだ? 夜風にあたって、頭は冷えたか?」
「何言ってんだ? このおっさんは?」
「同じ房総の若い衆や、仲良くせんかい。」
「ここへきて怖くなったんか? おっさん?」
「喧嘩買ったんじゃないのか?」
「おめいらに手を出すほど落ちぶれちゃいねぃよ。
気が済むまでどつかれちゃる。
堅気あってのこの稼業、お天道様にも見せられぬ、
てめじゃ見られねぃ、菩薩だ、しっかり見ろよ。
堅気にどつかれるのも、わしの稼業じゃ。
さぁ、気のすむまでどつかんか。」と背広を脱ぐと菩薩の彫り物。
「やべぇ、ほんまモンだ。」と元同僚たちは逃げて行く。
「にいさんも帰りぃ。」そう言ってあの人は去って行った。
店に戻ると祥子が心配そうに
「壮一、ケガしなかった?」
「あ、あぁ。」と虚な返事をして、
「おやっさん、あの人はどこの誰だい?」
「あの人かい? 房総の親分さんの友人だな。
いいかい、壮一ちゃん、
どうせ付くならちゃんとした人に付かないとだめだよ。」
これが木村の兄貴に出会った日の事で、
その日のうちに、飲み屋のおやっさんに あの人のことを詳しく聞き、
祥子を振り切り東京へ。
組事務所はすぐわかったが、相手にされず、近所をぶらついていたら、
キリッとしたスーツを着たOLのおねーちゃんが
チンピラに絡まれている。
ここは漢気の見せ所、
「おい、にーちゃん達、ここは俺の面つらに免じて引いてくれんかのう。」 「馬鹿か? おめぃ、やろうって言うんか?」
「さぁ、気の済むまでどっかんか?」
ボコボコにされている自分をどける様に、アロハの背中が見えた。
街路灯に肩で寄り掛かり、ゲロを吐いている俺が気が付いたのは
「大丈夫か?」との声、振り返るとあの人が、見えたので
切れた唇を腕で擦って仁義を切る、
「て、てめい、しょ、生国と発しますは、」
「無理せんで、後でいい。徹、チンピラはどうした?」
「逃げて行きやした。女は何処かへ行きやした。」
「それじゃ、こいつを事務所へ連れて行って、手当をしろ。
おねーちゃんはのそいつの知り合いかい?」
「はい。」と答える祥子。
「それならそいつの手当をしてやるから、ついて来な。」
壮一の伝説の序章となるか?
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