つめたい人間と幽霊
人間が首を吊って死んでいます。部屋は真っ暗で、幽霊以外はまだ誰もそのことに気が付いていないのでした。
幽霊は、鋏で縄の端を切ってカーテンレールから人間を下ろしてやりました。
幽霊はそのまま人間をテーブルの上に寝かせると、死んだ体に(メスなんて大層な品は持ち合わせていなかったので)台所から持ってきたナイフを入れて開いてみました。
幽霊は心臓を両手で大事そうに持つと、首を傾げて言いました。『心はどこにあるの?』
今度は頭を開いてみました。すると、また首を傾げて言いました。『心はどこにあるの?』
幽霊は自分の魂が成仏できていないことに、この世に未練があることに気がつけていないのです。
幽霊は死んだ体の傷痕を見ました。
『心がどこにあるか、わからないの』
首に掛かった縄を持ち上げて見据えました。
『わからないの』
『どうして死んじゃったの?』
幽霊には痛みがわからないのでした。
幽霊はその後も、死んだ体を抓ったり、叩いてみたりしました。
『…もう痛くない』
『もう痛くないね』
ふと、そう言うと、幽霊は死んだ体の頭を撫でてやり、その冷たくなった体をぎゅっと抱きしめてあげました。
幽霊は目を閉じて、天井を抜けて、ぐんぐん空まで舞い上がって、そしてとうとう消えてしまいましたとさ。
おしまい