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子ども時代に出合う本 #19 7歳、語彙力と思考力の育ちの分水嶺

 前回の投稿が9月4日でしたから、またもや久しぶりの投稿になってしまいました。この間に図書館のボランティア養成講座(連続講座)の講師や、図書館や幼稚園でのわらべうた講座、名古屋市にある家庭文庫主催の絵本講座など、外部に向けてお話する機会をたくさんいただきました。
 そのための準備に、いくつかの参考文献を読んだり、また講座の中で参加者のみなさんからさまざまなご質問をいただき、改めて「文字が読めるようになった年齢」の子どもたちにどんな読書支援が必要かを考えさせられました。幼児期に「耳から聴く読書」を重ねることは、子どもたちがこれから出合う知識を吸収するための土壌づくりになるのです。この土壌づくりは丁寧に時間をかける必要があるのですが、子どもたちを見ていると貧しい土壌に過剰な肥料を与えられて促成栽培させられているような、そんな現状があるのかなと感じることもあります。
 今日はそのあたりのことを、書いてみたいと思います。


7歳、就学年齢を迎える年に何が必要か




 #16「5~6歳、読書好きになるかどうかの大事な時期」でも書いたように、文字が読めるようになってからも、たくさん「耳から聴く読書」を積み重ねることが、小学校に入って本格的に学習をする上で重要になってくることを、もう一度お伝えしたいのです。
    文字を自分で読むということよりも、読んでもらうことを積み重ねてほしいのです。子どもたちは絵を読みます。耳から聴くことばを受け取って、絵を読むことを通して、ことばが持つ意味の広がりを理解したり、言外にある意味を汲み取ったり、想像力を駆使して物語の世界を構築していくのです。早くから「自分で読む」ことを強いてしまうと、文字は読めても絵を通して物語のひろがりを楽しめず、それがひいては読書への興味関心を失う原因になってしまうのです。
 最近は3年生くらいから学習塾へ通いはじめる子どもが多くなりますが、塾に通う前に十分な読書体験をしておくことがとても大事です。そして「自分で読む」力を身につくために、小学校1~2年までは読んでもらうのを聴くという「耳から聴く読書」が鍵となるのです。
  それは、後になってから後悔しないためにも早めに知っておいてほしいと思うのです。


 

 秋に担当させてもらった絵本講座の準備のために読んだのが、子どものことばの発達について研究されている発達心理学者、今井むつみさんの著書『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房 2020)でした。

 この本の3章は「学校で必要になることば力と『9歳の壁』」というテーマです。小学校で、多くの子どもが急に学校の授業を難しく感じる時期があり、それがきっかけとなって勉強嫌いになる子がいる、それがちょうど3年生から4年生にかけての時期であるという指摘です。



 今井むつみさんは、「3年生から4年生の時期は、いろいろな教科で抽象度の高い内容が出てくるようになります。そうすると、生活の中で使われてきた日常のことばだけでは理解が追い付かなくなってしまう」のだと指摘しています。

 「日本人の両親を持ち、日本語だけの環境で育てられた子どもの中にも、日常の会話はまったく問題ないのにことばの力が足りなくて、学校の授業についていけなくなる子どもがたくさんいます。小学校低学年のうちから、日常会話で必要なことばしか知らない子どもと、読書などから自然と日常会話ではあまり使われない抽象的なことばを覚えた子どもの間で、ことば力の差が大きくなります。4年生になるとその差が学力に大きく影響してくるのです。」p66

  そして、学習に必要なことばの力について次のようにまとめています。

・ことばがそのことばと関連することば(似た意味のことばや文の中でいっしょに使われることば)と関連づけられている。
・ことばの意味に広がりがあり、一つの単語について、さまざまな使い方をしっている。さらに、文脈にあわせて柔軟に意味を考え、単語の意味自体をアップデートしていくことができる。
・抽象的なことばの意味を、しっかり本質まで理解することができる。その知識を使ってさらに新しい抽象的な概念と、それを表すことばをどんどん増やしていくことができる。 
 こういう力をトータルで、私は「ことばのセンス」と呼んでいます。この「ことばのセンス」が、知っていることばの数を増やすだけではなく、新しいことばをさまざまな場面で学習し、どんどん語彙を豊かにして、読んだこと、学んだことを「生きた知識」にしていくために必要なのです。
                 pp78-80

 そして、この「ことばのセンス」について、スタンフォード大学の研究から引用して次のような親の姿勢、話しかけが大事であると指摘しています。

・子どもへの話しかけや子どもの発話に対する返答が多い。
・子どもへ話しかけるときに、適度に複雑な文を言う。
・いろいろな種類の単語を使う。同じことを言うのにも、違うことばや違う言い方をする。
p83


 ただし、学校に上がる前から学校で使う抽象的なことばを詰め込むことは逆効果だとも。それは「死んだ知識」でしかない、子どもたちが具体的にイメージができて、すでに持っている知識を結び付けることができることが大事なのです。

 「幼児期で何より大事なのは、日常生活や遊びの中で、自分の身体を使って五感全体で身の回りの世界を探索し、その中でことばに関する興味や感性を育むこと、数、空間の中のモノ同士の関係性、できごとの因果関係に自然に注意をむけるようになることなのです。」p86


   そして、具体的な方法として5章「思考力と学力を育てる絵本読み聞かせ」について、いかに幼児期の絵本体験が大切かを述べているのです。

 そういえば#03「耳から聴く読書」の中で、「3才までに1万冊」という数字にナーバスになっている若いおかあさんのことを書きました。

   「1万冊読んであげなきゃ!」と、数字に踊らされ、また義務感で読むことは良くないのですが、でも子ども時代にたくさん絵本を読んでもらうことでことばの力や思考力が養われるということは、その言説のもとになった「東大に4人のお子さん入れたママの子育て」がそのことを証明しているともいえるでしょう。

 かつて文庫を利用してくださっていたお子さんたちの中にも、東大をはじめとしてトップ校に進んだ方が多くいます。

 ただ世界水準から考えると東大よりももっと上があるので、東大がゴールになっているのでは狭い料簡ともいえるでしょう。また子どもの幸せは学歴だけで決まるという単純なものではないこともお伝えしておきます。

 

豊かな実りのためには土壌が大切

 
 子どもたちの成長を植物の成長に例えるならば、幼児期は豊かな実りをもたらすための土壌づくりの時期だといえるでしょう。
 すくすくと植物が育つ土壌はどんなものかというと、深くまでよく耕され、根をしっかりと深く張れるかどうか、保水性と通気性のバランスがよいか、そしてたい肥などの栄養分があるかだと思います。では、子どもが持っている可能性を十分に伸ばすことができる幼児期とはどんなものかというと、子ども自身の知的好奇心を起点にして、やりたいと思うことを遊びの中で十分に体験させ、その体験を基に知識を身につけることができる環境を保障されていることだと私は思います。

 子ども自身の自発性に寄らない早期教育は、土壌を十分に耕さないうちに人工的な肥料を与えて促成栽培をするようなものだと感じます。子どもは、親とは違う人格をもっています。親が先にレールを敷くのではなく、子どもの気持ちを十分に聞きながら、どんなレールが必要なのか一緒に考えてあげてほしいと思うのです。

 自分のことばで考え、自分を表現できて、自分を肯定的に受け止めて、自立して社会で活躍できるようになるには、子ども自身の体験だけでは経験値が不足します。そこを補うのが、読書なのです。自分とは違う登場人物の立場になって物語を体験することを通して、経験値があがっていきます。古今東西のさまざまな人の体験や知識を読書を通して、自分のものとして吸収していくのです。

 読書は、土壌を豊かにするたい肥のようなものです。幾重にも折り重なった落ち葉やわら、野菜くずなどの有機物が微生物によって分解させ発酵させたたい肥は、柔らかい土壌を作ります。それを同じようになん千年もの間に人類が積み上げてきた経験や知識が、よい感じに発酵し、それが子どもたちの発達に応じた読み物となって、子どもたちの体験から得た知識をさらに豊かに膨らませていけるのです。

 読書体験が少ないと、前述の今井むつみさんの指摘のとおり、ことば力や思考力が身につきにくいというのは、子どもが日常生活の中で不足する体験やことばを読書によって補足する機会が少ないためだということがおわかりいただけるでしょうか。

 

いっぱい遊んで、いっぱい読んで


 小学校に上がる前に、一番大事にしたいことは、「いっぱい遊んで、いっぱい読んでもらうこと」だと、私は思います。

 そしてもうひとつは、親子でたくさん話すということです。子どもたちがなにかに興味をもったら、一緒にそれについて調べたり、体験したり、考えたり、話し合ってほしいのです。その時に、「ことばのセンス」を磨くための3つのこと(・子どもへの話しかけや子どもの発話に対する返答が多い。
・子どもへ話しかけるときに、適度に複雑な文を言う。・いろいろな種類の単語を使う。同じことを言うのにも、違うことばや違う言い方をする。)を心がけてほしいのです。
そうすればおのずと、子どもたちは自分の力を発揮するようになります。

 え~そんなの信じたくない?あなたには「東大にお子さん4人入れた実績はあるの?」と言われるかもしれません。うちの子どもたちは、東大出身ではありませんが、世界ランキングからいうと東大よりもずっと上のアメリカの大学で学んでいます。

 それが証明になるとは思いません。たまたま我が家は海外で子育てをする機会があっただけです。また共に学ぶ仲間たちと切磋琢磨したからです。でも、彼らの地頭を作ったのは、子ども時代の遊びであり、読書体験であり、家庭での会話であったということは、間違いないと思っています。

 幼稚園時代から小学校低学年の間にたくさん絵本を読んであげてください。また絵本で物足りなくなったら、童話を読んであげてください。そのうち、文字だけで行間を想像できる十分な力がついたら、自分で読もうとするようになります。

 次回は、自分で読み始める子どもたちを読書の楽しさに導いてくれる「幼年童話」について書きたいと思います。

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