ぱあの手がチョキに、の話
「とおさん、あのね。」
当時5歳の息子が気まずそうに話しかけてきた。
「どうしたの?」
何があったのか、僕が聞くと
「ごめんなさい。ぱあの手がチョキになったの。」
その手にはズゴック*が握られていた。
それは数日前に僕が買ってきて、二人で一緒に作り上げたガンプラのズゴックだった。見ると3本あるはずの右手の爪が2本になっていた。聞けば遊んでて落とした際に壊れてしまったのだと。
僕は、ぱあとチョキと言った子どもの表現力に驚いた。ひとり遊びが好きであまり話さないタイプの子だったので、子どもの成長を実感した。
夜、奥さんにこの話をしてみた。
「スゴイと思わない?僕なら妖怪人間ベムって言うけど。」
「誰?ソレ?まあいつも帰り遅いし、時々しか遊ばないもんね。」
働き方改革なんて言葉を誰も知らないその当時、仕事が忙しくあまり家庭に貢献していなかった僕には返す言葉がなかった。
何年かして、息子にこの話をしてみた。
「…?覚えてない。」
既に小学生になった息子の脳には何も記録されていなかった。子どもの頃の記憶はあいまいで、ぼんやりとして、ところどころしか思い出せないことが多い。
ズゴックはその後も何かの記念だと言って、しばらくはリビングの棚に飾られていた。さらに数年して僕らの記憶からなくなりかけた頃、人知れず奥さんの手でひっそりと処分された。今では家でズゴックを知る人間は僕だけになってしまった。そし息子の部屋には最近のガンダムシリーズのモビルスーツが数体並んでいる。彼らの名前など当然分からない。
(題絵はふうちゃんさん)
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