理想の生活について

理想の生活が実現したといえるひとは少ないだろう。
私の理想は一度実現して、でもそのあとに失った。
それは私の力で実現したのではなく、一時的に滞在していただけだったし。合計6年間。

夢の世界のことではなく、地上の現実のことです。私がいたのは、アメリカ、ニューヨーク州にあるキャンプヒル・コミュニティ。知的障がいのある人たちの住み込みの施設で、同時にスタッフにとってはコミュニティでもある。広い広い、何エーカーもある敷地の中に10軒ほどの家が建ち、あとはオーガニックの畑と牧場と、隣の敷地との境は広大な雑木林だった。隣の敷地はリンゴ畑だった。たぶん。

「キャンプヒル」はシュタイナー系のコミュニティのことです。アウトドアのキャンプ場などではなく。日本語ではキャンプ場と思う人の方が多いのかも。

あの幸せな年月はなんだったのだろうと不思議になる。
私はその実現のために何をしたわけでもなく、ただそういう場所があることを知って申し込んだだけだ。ちょっとした、面接とも言えないような面接はあった。よろしくお願いします、と英語で言うことはできないが、それだけを言ったような面接だった。なんの試験の結果を提出したわけでもない。

今になって思うのは、その年月を懐かしく思い出すことで、もしかしてもう一度今度はこの土地で実現できないかと思い続けることが、その代償だったのかも。あとから支払いが来たということか。美しい風景の中、多少仕事で難しいことがあっても、夕陽や雑木林や川の流れに眼を向けるだけで、なにもかもが流れていって、うっとりと木々や星々を眺めて毎日が終わっていた。ケンカがないわけでもない、担当する障がい者が体調を崩すこともあった。でも本質的には何も心配することのない、穏やかに満たされた日々だった。

もう10年も前のことになるのだな。

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