サボテン
「俺今さぁ、サボテン買ってきた。」
居酒屋に友達3人で数ヶ月ぶりに集まって、開口一番これである。私も、もう一人の彼女も、思わず、
「はぁ?」
という反応。
彼が大事そうに両手で持つ半透明のビニール袋の中からは、小さな植木鉢の上にサボテンが顔をのぞかせている。丸っこくて小さくて、棘もまだ柔らかそうだ。
植物を育てるのが趣味なのかと思ったら、植物を買ったのは初めてだそう。きっとこの小さなサボテンには、彼の心を動かす何かが秘められていたに違いない。
植物といえば、私にもいくつか思い出がある。
小学生の頃の私は、あんびる やすこさんの『魔法の庭ものがたり』シリーズが大好きで、読んではその本に載っているレシピ通りに真似て料理や工作をした。
そして、本に出てくるハーブでいっぱいの魔法の庭にも憧れ、
「庭にハーブのお庭を作る!」
と言い出した。
何にでも全力な我が家、家族総出で私の憧れを現実にしてくれた。庭の一画をスコップで掘り起こし、ホームセンターで買い込んだレンガを埋め込んで花壇を作った。ペパーミントやバジル、ローズマリー、バラなどを植えて、小さな"魔法の庭"の完成である。
だが、問題はここから。初めの1ヶ月くらいは、いつかローズヒップを収穫してお茶にして飲むんだ!と張り切って毎朝水をやり、草抜きをした。まあ容易に想像できることではあるのだが、私はだんだんと庭に赴かなくなってしまった。典型的な小学生のすることだ。犬を飼いたがったのにいざ飼ったら散歩をするのはお母さん、というのと同じ、よくある話である。
この"魔法の庭"は10年以上経った今でも実家の庭の片隅にあり、両親が世話をしてくれている。
それ以来私は植物に憧れることはなかったのだが、18歳の誕生日に弟が桜の木のミニ盆栽栽培キットをプレゼントしてくれた。
私の誕生日は4月。大学進学と同時に一人暮らしを始めることが決まっていたので、新居のアパートで早速栽培することにした。鉢に土をいれ、指で穴を作って種を入れるポケットにし、種をまいて、優しく土をかぶせ、水をやった。
芽が出るまでに長い期間を要することもあるようで、それまでの間辛抱強く水をやり、土を乾かさないことがポイントらしかった。
1ヶ月くらい水をやった記憶はある。
はてさて、あれから3年、今はどうなっているのか。というと、テレビ台の上にカラカラに乾いた土の入った鉢が寂しそうにしている。
でもまだ種が種のまま眠っているとしたら、もしかしたら。という淡い期待をもって、今からでもまた毎日水をやってみようか。
それからもう1つ、素敵なエピソードを。
私の20歳の誕生日の頃、母から実家の藤の木の写真が送られてきた。
私の成人を、藤の木が祝福してくれているかのようだった。
そして最後に、彼のサボテンがずっと愛情をかけて育ててもらえますようにと密かに願っている。