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次元を異にする、名家の神髄とは!?

 名家には程遠い次元に生息している筆者であるが、たまたま、歴史と伝統を誇る名家に生まれた人を多く存じ上げている。しかし、人格者でもあり、敬意を表すべき人物は非常に少ない。

 それは、名家というバッジを常に胸に光らして、自らは名家の出身者であり、立派な人物であると思い込んでいる。これも、先ほど記事として投稿した「思い込み」の危険な兆候である。

 名家出身者であろうが高学歴であろうが、それを全て是とするのは、偏った価値観であり、目の前の人がその価値を持つのか否かは定かではない。ただ、周囲が「憧れ」の境地にて、是非を問わぬのである。

 名家出身者でお会いした中で、とても重厚で繊細で、かつ、教育熱心な方を思い出す。それは、小笠原流礼法三十二世宗家の故 小笠原忠統氏である。

 元々は小倉藩主の末裔として、東京目白のご自宅(旧居は新宿にある小笠原伯爵邸レストラン)を訪ねたこともあり、座敷での様子は今でも昨日のように、深く記憶に刻まれている。

 同氏を座敷で待つこと30分(正座にて足が痺れている)。和服姿の同氏が廊下から入られる。衣擦れの音がしなやかにて、静かに座してご挨拶があった。

 「遠方からおいでいただき、有難うござます。以前、熊本の窯元で私が咳き込んでいる時に、温かいお茶を頂き大変助かりました・・・」と労いの言葉から始まった。

 当時、同氏の目に留まった窯元の主人(若くして他界)を同行しており、その焼き物を小笠原流礼法茶器セットとして限定30セット作るという話をするために伺ったのである。

 筆者は新聞社に勤務していたので、その窯元の依頼にて、最終的には30セットの桐箱入り茶器セットを作り、箱書きを同氏が行うという段取りがついた。

 そこで同氏が筆者に突然質問を投げかけたのである。

「この座敷を見回して、何か気づきませんか?」と。

 急に話が変わったので、一度、脳内をリセットして周囲を見回し、こう答えた。

「柱の上にある竹に一輪の野草が目に留まりました。」と。

 すると、同氏はにこやかな表情に変わり、以下のような言葉が返ってきた。

「よく分かりましたね。実は、今朝ね、早朝より川の土手を歩いていたら、そそと咲く野草があったので、それも1輪。それを摘んで、そこに飾ったのですよ。」と。

 同氏の問いに対して正解であってホッとしたが、流石に、人を見極める手法なのかと、心の中で頷いた。

 同氏は、私立学校の顧問もしており、改革を進めていた頃だった。先ずは、給食のご飯茶碗のアルマイトを廃止、焼き物の器に変えたのである。また、ご飯を炊くのに多くの電気炊飯器に切り替え、炊き立てのご飯を子供達が楽しむように。

 お箸は「マイお箸」を自宅から子供達が持参するように決められ、日本の伝統文化の一端を存分に学校教育に取り入れたのである。

 ここで笑い話だが、後日談として、相当数の電気炊飯器を導入したのは良いが、給食室の室温が上がり、最終的にはエアコンを相当数追加設置したとの話を聞き、吹き出してしまった。

 翌日、同氏と約束したのは、ランチを高輪プリンスホテルの和食で楽しもうということだった。翌日、同ホテルへ足を運び待っていると、同氏の後ろから、体格の良い和服姿の御仁が立っていた。

 その御仁はお能の喜多流十六世宗家の故 喜多六平太氏であった。お能の大家らしく、微妙に顎を何度も引きながらの独特な動きが印象的であり、小笠原氏とは異なる重厚さが垣間見れたのである。

 食事を終えた頃、小笠原氏の付人が風呂敷を徐に開き、数冊の古文書らしきものを見せてくれた。そして、小笠原氏が以下のように解説してくれたのである。

「ここを見てください。小笠原家と細川家の宴の記述ですが、そこでお能の仕舞を披露しているのが、ご先祖の喜多流宗家なんですよ。ほら、羽織をさっと脱いで、手から離れるシーンが書かれているでしょ!?」と。

 小笠原氏も喜多氏もとてもフランクであるが、礼節を重んじており、非常に堅苦しいと予測していたものの、逆に、このような古文書を紐解きながら笑顔で解説している姿に、流石に本物の名家であると頷くばかりであった。

 話は、非常に飛びに飛んで、高輪プリンスホテルの食事会にまで至ったが、公人として人格者として、一切偉ぶることもなく、自然体の心地良い所作に感動した筆者である。

「明日、たまたま某所で私の姪の誕生会があるので、一緒に行きませんか?」と。

 いえいえ、新聞社の若造が厚顔無恥にも足を運び入れるタイミングでもなく、丁重にお断りしたが、何と、その姪の方は皇族に嫁がれたようで、重ねて、丁重にお断りしたのであった。

 実は、出張を2泊3日としていたので、雇われの身でもあり、翌日は別件で熊本市で打ち合わせとなっており、仕方なくお断りしたのである。今思えば、その誕生会に参加しておけば良かったと、悔いるばかり。

 しかし、全国区の名家は、言葉は適切ではないが、次元が違う。可愛らしい一輪の野草から、ホテルランチと江戸時代の古文書、そして皇族の方の誕生会と、僅か2泊3日の出張が、とても長く感じるほどに充実したものであった。

 蛇足ながら、地方における名家を見回すと、上記の方々とは質を異にしており、地方はやや傲慢で、鼻息強いところが見え隠れすることもある。よって、本物の名家とは、何事も平身低頭、更には自然体でウィッツの塊が、名家スタンダードであろうかと考えるに至ったのである。

 最後に2回目の笑い話だが、小笠原流礼法茶器セットの箱書きについては、宗家ご自身が1日に1つしか書かぬと言い出し、結局、箱書き完成が1ヶ月以上掛かってしまったのが、オチとなる。しかし、素晴らしい筆の走りの箱書きを見て、今は亡き陶芸家は涙して喜んでいた。


▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、名家の人物とのエピソードを通じて、「名家」の本質やスタンダードについて考察したものであり、非常に奥深い内容でした。以下、感想を述べます。


1. 名家の人物像とその本質

エッセイでは、歴史と伝統を持つ名家に生まれた人々の中でも、本当の意味で尊敬されるべき「人格者」が稀であることが強調されています。特に、小笠原忠統氏や喜多六平太氏といった具体的な人物描写から、真の名家に必要な条件として「平身低頭」や「自然体」、そして「ウィットに富む人格」が挙げられており、単なる血筋や肩書きに依存しない「人間力」が重要であることが伝わります。

小笠原氏の自然体のエピソード――早朝に見つけた野草を座敷に飾る心遣いや、食事会での古文書を用いた解説など――が、とても印象深く、読者にその魅力を自然に感じさせます。


2. 個人的な体験の鮮やかな描写

エッセイ全体を通じて、筆者が体験した出来事が非常に鮮明に描写されています。特に、座敷での正座や衣擦れの音、窯元の焼き物の話など、臨場感のある細やかな描写は、読む者をその場に引き込みます。また、高輪プリンスホテルでのエピソードや古文書の内容なども、当時の文化的な空気感や、名家の持つ奥深さを感じさせる一助となっています。


3. 「本物」と「偽物」の対比

地方の名家に言及する部分では、本物の名家とは一線を画す「傲慢さ」や「鼻息の強さ」が語られています。これにより、全国区の名家の魅力が際立つ構成となっており、対比が効果的です。特に、「本物の名家は次元が違う」という一文は、経験に基づいた強い信念を感じさせると同時に、名家の本質を端的に示しているように思えます。


4. ユーモアの効いた締めくくり

全体の中に散りばめられたユーモアも、このエッセイを一層魅力的にしています。箱書きに1ヶ月以上かかったというオチや、炊飯器導入後のエアコン増設という笑い話は、シリアスなテーマに軽妙なアクセントを加えています。これにより、エッセイ全体が重くなりすぎず、読者に親しみやすい印象を与えています。


5. 深い洞察と筆者の思い

このエッセイからは、筆者の「名家とは何か」という問いに対する真摯な考察が滲み出ています。名家を単なる肩書きや伝統ではなく、「人間性」や「心のあり方」で測るべきだという結論は、読者にも共感を呼び起こすことでしょう。また、筆者が振り返って「誕生会に参加すればよかった」と悔やむシーンには、素直な感情が表れており、読者に筆者自身の人間性を垣間見せています。


結論

「名家」というテーマを中心に、具体的なエピソードと筆者の洞察が見事に融合したエッセイでした。名家の真髄を「平身低頭」「自然体」「ウィット」という言葉で表現しつつ、名家出身者の個性と行動が名家の価値を形作ることを伝えています。

このエッセイは、単なる体験記ではなく、筆者自身の人生観や哲学が豊かに描かれた作品です。読者としても、名家の本質について深く考えさせられる一作でした。

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西田親生@D&L
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