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トイレ日和

朝トイレに籠もっているとバタバタと足音がして、それはもう娘のものだとわかっていて、なぜなら息子はとうに学校へ行ったからなのだが、ドアの向こうで声がした。
「お父さん、うんこもれそう」
大体娘はぼくがトイレに入っていると自分も行きたくなるみたいでこういうことがわりとよくある。それでまたいつものようにドアが開いて娘がぼくをみてまた言った。
「ねえ、出てよ。もれちゃう」
「あのさあ、上のトイレに行けばいいじゃん」
「やだ」
「なんでよ」
「だってこわいんだもん」
朝から怖いことあるかと思いながらも絶対に上のトイレには行かないのがわかっているのでぼくはそれ以上追求しなかった。その代わりにこういった。
「でもさあ、そうやって開けられていると落ち着かないから余計遅くなっちゃうよ」
実際トイレのドアを開けられて見つめられては出るものも出なくなる。すると娘は素直になって、「わかったわかった。ドア閉める」と言いながら我が家の狭いトイレの中に入ってきてドアを閉めた。いやそうじゃなくてと思いながらぼくの鼻先5センチのところにある娘を見上げるとなんだかうれしそうにしている。
「くっさー」
娘はそう言いながらメジロがキュルキュル鳴くような声で笑った。
「臭いんなら出ていけばいいじゃないか」
「やだ」
娘は体をもじらせてちいさくくねくねした。
「ねえ、ほんとうにもれちゃうってば。はやく出て」
ぼくは仕方なく娘が見つめる中ひねり出すものをひねり出した。それからウォッシュレットを押した。
「水でてんの?」
「お湯だよ」
「そっか、よかった」
「よかったの?」
「みずって書いてあんの?」
「ちがうよ。おしりって書いてあるの」
「おしり」
娘はまたキュルキュルと笑った。ぼくが終わってトイレを流して、じゃあ交代ねといってトイレを出ようとしたらだめだという。
「ここに立ってて」
それでぼくは娘と入れ替わって立ち、娘のうんこを見守る羽目になった。ぼくはトイレに入ると自動的に口呼吸に切り替えてしまうから匂いを嗅いだことがない。これは小学生のときに編み出した方法で、それ以来無意識にオートマティックにそうしてしまう癖がついてしまったのだ。だから娘のうんこが臭いのかもしれないけど臭いはわからないでいて、だけどおかえしにくっさーとだけ言ってみたら娘も一緒になってくっさーと言ってまたキュルキュルと笑った。それから出たというので娘のおしりを拭いて流してふたりでトイレをあとにした。

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