タバコ
時計の針が深夜2時を指す。
いつもよりも早く家に着いて、時計を見ると0時前だった。
早く寝ようとしていたのに、いつの間にかいつもと同じ深夜2時。
布団に入る前、換気扇の下で煙草に火をつけた。
初めての煙草はキャスターマイルド。
同級生がくれた銘柄だった。少し大人びて見えた彼を、あたしは密かに好きだった。
優しくて頭もいいけれど、先生に不遜な態度をとる彼に、幼いあたしは惹かれていた。
罪悪感のままに吸う煙草は、とても苦い。
幾度か吸っていた銘柄はもう覚えていない。覚えている2度目の煙草はセブンスター。
優しい顔でよく笑う、あの人が吸っていた。ある歌のセブンスターとあの人が重なって、あの人の匂いになれれば、と美味しくも感じない重い煙草を吸ったのだ。
赤いマルボロを買ってくれたのは、あの人も知らない彼だった。秘密と共に煙を喫んだ。
数年間吸わなかった煙草の代わりに、機械の煙の味を覚えた。闇に隠れて、1口、と言った。
あなたの指から、あたしに伝わる熱と、味気ない空気を一緒に吸い込んでみせると、俺のせいだねと困ったように笑っていた。
金のマルボロのパッケージは前の方が好きだったな。1口が1本になって1箱になる。煙草をやめていた事を皆、誰も覚えていない。
あたしの隣には、いつも彼等と煙草が等しく同居する。灰皿は姿形を変えて今は鈍色。
その彼等がなんの煙草を吸っていたかを、あたしは全部覚えている。
音と匂いは、死してなお忘れづらいものだという。
換気扇の下、空き缶の中に煙草を捨てる。
綺麗に磨かれたシンクの上に僅かに灰がまう。
ここは他人の匂いだ。煙草もあたしの匂いだけ。君からは煙草の匂いがしないんだね。
いつかの夜のように、君の口元に吸いかけの煙草を運ぶ。
今度煙草の銘柄を覚えるのはあたしじゃない。
君の番だね。
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