オペラの話:オペラ歌手とカラオケ・ボックス

前々回にとりあげて、予告していたソプラノ歌手アデーラ・ツァハリア(Adela Zaharia)の話です。
https://note.com/chihomikishi/n/n019f03ba0d1c

アデーラ・ツァハリアはルーマニア出身、期待の若手大型ソプラノ歌手です。
20代初めにドイツに来て、ベルリン・コーミッシェ・オーパーの研究生になり、すぐに同オペラ専属歌手となりました。
2015/16からはライン・ドイツ・オペラ(デュッセルドルフとデュースブルク)の専属となっています。

2017年にはスター歌手プラシド・ドミンゴが主催するコンクール『オペラリア』で優勝しています。

ツァハリアの日本デビューは2018年春、ベルリン・コーミッシェ・オーパーの来日公演《魔笛》のパミーナ役でした。

この来日の折「歌の練習をしたいのだけど、どこでできる?」と訊かれました。ホテルから劇場は遠いし、もとより劇場は準備中で練習はできません。ホテルの部屋でも到底無理です。そこで、日本在住の人に尋ねたところ、

カラオケ・ボックスはどうですか?」という返事でした。

私にとっては奇想天外な発想でした。

しかし、カラオケ・ボックスなら狭いけれど外には聞こえないだろう、ということで、彼女は提案してくれたKTさんの同行で向かいました。
KTさんは帰りのことを心配して、カラオケ・ボックスの部屋の外で彼女を待っていたそうです。

KTさんの話によると、彼女の声が外まで聞こえ、壁が揺れるほどだったそうで、とても驚いたそうです。
「オペラ歌手の声ってすごいんですね!!!」と感心していました。

これまでオペラ歌手がカラオケ・ボックスで声出しをした、という話を聞いたことはなく、彼女が世界的スターになったら面白い逸話として語られるのではないかと思います。
KTさん、ありがとうございました。

そのツァハリア、今はイタリア・ベルカントのレパートリーづくりに集中しています。
最近ではドニゼッティ《ランメルモールのルチア》と《マリア・ストゥアルダ》のタイトル・ロール、ベッリーニ《清教徒》エルヴィラ役も聴きました。
バイエルン州立オペラ(ミュンヘン)やテアトロ・レアル(マドリード)でも歌っています。

秀逸な歌唱テクニック、歌のスケール、ドラマの作り方、どれをとっても将来が期待できる大型新人です。

それにステージ上のオーラがすごい!!
ステージ上の立ち居振る舞いに品格があります。
これは生まれもったものもあるでしょう。

顔のつくりが大きく、ステージ映えするのも長所です。

ただ、背が高すぎるのが難点です。
とくにイタリアものを歌うとき、相手役のテノール歌手は小柄な人が多いため、全体を見たところ、残念な場合があります。これは彼女のせいでも、誰のせいでもないのですが。
ワーグナー作品であれば、ヘルデン・テノールはほとんど大柄なため気にならないのですが・・・。

さて、10月11日の『VIVA L´ITALIANITÀ!』で、ツァハリアは最初に登場、ロッシーニ《セミラーミデ》からのアリア『麗しい光が』を歌いました。

すぐ気が付いたのは中声域の充実ぶりです。
高音域も無理なく、ひっかかることもなく歌える人なのですが、それを支える中声域がふくよかで色彩に富み、ドラマティックで魅力的なのです。
高音域に集中して中声域がおざなりになっているソプラノ歌手が多い中で、豊かな中声域のおかげで、歌全体のつくりと訴えかけが素晴らしいのです。

コンサート後、久しぶりで会ったアデーラにそのことを伝えました。
彼女はとても喜んで、「コロナで仕事がなかった時、勉強の良い機会にしようと思って中声域の勉強に集中したの。あのアリアも初めて歌ったのだけど、じゃ結果が出てたのね。私がやったことは正しかったのね?」というので、「私も正しく聴いたのね!」と言って笑い合いました。

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アデーラ・ツァハリア、ステージ上のメークも落とさず出てきたところです。

まだ30歳代初めです。落ち着いているのに(?)、私服がガーリー・ファッションのことも多く(上記はコートを着ていますがミニスカート)、その齟齬に時々面食らうこともありました。
考えてみれば、私が知り合ったのはまだ20歳代、まだまだ若く当然かと思いました。

多くの歌手を聴いていますが、将来が楽しみな、数少ないソプラノの一人です。

「あなたのテクニックなら、あと40年は十分歌えるわね」と言ったら、「そんなに歌えないし、歌わないわよ。でも後進の指導はしたいわ。後の世代に残すって、意味深い素晴らしいことだと思うの」と言っていました。

FOTO:©Kishi

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