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#3.放送16年でピリオド。 〜生放送で嘘偽りのない言葉を〜


大好きなロジャーさんが番組を卒業した。
わたしが入社するずっと前に放送が始まったそのラジオ番組は、これまで16年もの長い間守られ続けてきたが、とうとうその歴史に幕を閉じた。

「もっとロジャーさんの話に突っ込んでくれないか。粟津には、ツッコミ役をしてほしい。」


ディレクターさんにそう要望されたのは、「ロジャー大葉のラジオな気分」のスタジオアシスタントを担当して間もない頃のことだ。
正直、こりゃ難しいぞ、と思った。

ロジャーさんというのは、ラジオの午後ワイド番組を担当していた、名物おじさまパーソナリティのことだ。
大きな体にトレードマークの縁メガネ。
ピカリと光る頭部に、セットされたひとかたまりの髪の毛がてっぺんから顔をのぞかせている。
一度その姿を見たら忘れない、インパクトあるチャーミングな容姿も、彼の特徴だ。

そんなロジャーさんと番組を担当することになったのは、入社3年目の2013年のこと。
歴代、様々な女性アナウンサーが、ロジャーさんのアシスタントとして楽しく放送していたので、いつかわたしも担当できたらなぁなんて思っていたら、なんと、思ったより早くそのチャンスが巡ってきたのだ。

やったー!
ロジャーさんと楽しくおしゃべりして、わいわい放送するぞ!

…なんてわけにはいかず、冒頭の要望を受けたのだった。
5年間スタジオでご一緒したけれど、最後の最後までこの要望通りの放送ができなかった。


ロジャーさんは、すごい。
政治経済、スポーツ、芸能といったありとあらゆるニュースから、世界中の民族音楽や身近に起こった滑らない話など、とにかくものすごい量の情報やネタを持っていた。
ネタノートなるものを持ち歩き、常に気づいたことや面白い出来事をメモをしている。
いつも、オープニングトークのそのバリエーションに圧倒されるばかりだった。

もちろん被災地を思うことも忘れないし、心身が優れない人や落ち込んでいる人を置いてけぼりにした放送もしない。
「まずは大きく深呼吸して。大丈夫だからね。」
その言葉とともに、1人でも多くの人に寄り添うことを忘れない。
それでいて、「真面目」から脱線する抜け感や隙もしっかりと作っていて、まるで隅々まで計算しつくされているかのようなトーク。

いつにも増して真剣に話している、かと思えば、0.3秒後にはボケをかましてくる、なんてことも良くあること。
その硬軟効かせたトークの塩梅が、とても心地よい。


ということで、冒頭の話に戻る。
そう、わたしがディレクターさんから受けた要望はこうだ。

「時折ボケるロジャーさんに突っ込んで軌道修正してほしい=それこそアシスタントの役割だ」ということ。

突っ込むことで、ボケたロジャーさんのキャラクターを活かしつつ、番組全体のトークの着地点をしっかり誘導する。
ロジャーさんとアシスタントは、そういう役割配分で放送が成り立ってきた実証がある、ということなのだ。


とはいえ。

む、難しい。
なんせわたしは、これまでの人生ずっと、ボケ役&イジられ役で生きてきたからだ。
体育の時は、丸顔のわたし自らがボール役を買って出たり(?)とか、スッピンがつぶ貝に似てると言われたり(?)とか、ボケとイジられの人生だった。
それが楽しかったし、わたしがボケて人が笑うのが何より大好きだった。


そんなわたしが、ロジャーさんに突っ込む…?
しかも、ふた回りも上の大先輩に…?
でも、突っ込みはスタジオアシスタントとして重要な役割だ。
ロジャーさんのためにも。

はて、困った。

突っ込もう突っ込もうといざ気合を入れて放送に臨むも、人のボケにはボケを重ねてお互い大笑いして終わる、という会話術しか持っていなかったわたしは、大概空回り。
ぎこちない言葉や、妙に宙ぶらりんの言葉しか出てこない。
まるで説得力がないし、なんだかセリフっぽい。
気付けばいつも、ロジャーさんにボケを重ねて返してしまっていた。

うーむ、まずい。
これでは、ロジャーさんのキャラクターを潰しかねない。
頭ではわかっていても、瞬発力勝負な生放送の世界。
そう簡単に自分のトークを変えられない。
再度ディレクターさんに諭された。


葛藤が続くある時、ロジャーさんが言った。

「確かに突っ込んでほしいけどね、そこがね、粟津さんの良いところなのよ、面白いのよ」

きっと、ボケとツッコミがちゃんと棲み分けされたトークに慣れていたロジャーさんにとって、わたしとのトークは、違和感でしかなかっただろうなと思う。

それでもロジャーさんは、どんな変化球にも対応してくれるだけでなく、わたしの個性をきちんと認めてくれたのだ。
それを面白い、と言ってくれたのだ。
この一言に、どれだけ救われたことか。

だからといって、目の前の人間だけを見ているわけではない。


「これでリスナーが面白いって感じてくれたら、それで良い。いや、それが良いんじゃない!」


そう、すべてはリスナーのために。
リスナーのための。なのである。

既定路線からそれたり固定観念を取り払うことは、歳を重ねれば重ねるほどとても難しいことだけれど、ロジャーさんはいつだって「リスナーファースト」の放送を見事に表現するのだった。

いつしかディレクターさんも、このボケ&ボケの会話に、スタジオの向こう側で大笑いしていた。

こうして丸5年もの間、のびのびと担当できたスタジオアシスタント。
歴代の女性アナの中では、長い方だった。

あの時あの一言がなかったら、それまでの自分を否定しながら生きていたのかもしれない、
突っ込みの呪縛にずっと苦しめられていたかもしれない、なんて今でも思う。
ありのままの自分でトークできたことに、感謝しかない。
すべての言葉は、これまでの自分の人生によって自然と紡がれるものなのだから。
嘘偽りがない言葉だからこそ、力が宿り、人に伝わるのだから。

そんな言葉の紡ぎ方を、わたしは彼から教わった。

ボケ&ボケ。
わたしたちならではのトークスタイルが、確立された瞬間だった。



番組担当16年。
こんなに長い間番組を担当することは、それ相当のプレッシャーもあっただろうし、細やかな気配りがないと成し遂げられないことだ。
リスナーだけでなく、周りのスタッフにも人一倍気遣うことを忘れず、たくさん声をかけ、ちょっとした変化だって見逃さない。
そんな魅力あふれるロジャーさんに、わたしのように救われた人は、多かっただろうな。


これから、ロジャーさんの才能が、どこでどんな形で見られるかが、いちファンとして大いに楽しみで仕方ならない。

とにもかくにも、「ロジャーさん、16年間、本当にお疲れさまでした!」と声を大にして言いたい。

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