東京他人物語「梅雨。ボーイについて」


「行き先を決めないで、テキトーにそこらへん、ドライブしよう」格別に、今日、ボーイの調子はいい。残り少ないセブンスターに火をつける。ヴィーン。窓を開ける。換気の意味がないくらい、車内は既に煙草臭い。カーブする時、ガタガタと不穏な音を立てる。決して居心地は良くない、オンボロ車。だけど隣に乗せてもらえることが、とても嬉しかった。

国道沿いのショッピングモールで、少しの買い物を済ませ、14時頃昼ご飯を食べた。わたしは、煮込みハンバーグ。ボーイは、トンカツ。「ねえ、これ美味しいよ」と、トンカツの真ん中をくれる。端っこではない。一番美味しい真ん中だ。ボーイの『ねえ、これ美味しいよ』は、たとえ、そんなに美味しくなくても、いつも格別に美味しかった。我ながら、安っぽくて、ありきたりな表現だなあと思う。はずかしい。けれど、ほんとうに、ボーイがくれる一口は、格別に、美味しかった。

車に戻ろうと、出口に向かうと、急な雨に降られた。バチャバチャと、バケツをひっくり返したような雨だ。出口から車まで、それなりに距離がある。走ったとしても、きっと30秒くらいかかるだろう。車に乗る頃には、ふたりしてズブ濡れになっているのが、簡単に想像できる。

どうしよう、なんて私の迷いをよそに、「よし!走るぞ!」と突然ボーイが私の手を引く。ええやだ、勘弁してくれ、と思うけど、わたしの情けない細い腕は、ボーイの無邪気で力強い腕に掴まれている。もう止められない、止められない。仕方がないから、ついていく。

ボーイは、ボーイって感じのとこがいい。私がたとえ男性に生まれ変わったとしても、きっと、男のひと、だと思う。私にはボーイさが足りない。対して、ボーイは、絶対的にボーイだ。絶対に、圧倒的に。だから一緒にいたかった。私は彼が好きだったんじゃなくて、本当は憧れていたのだと思う。

「あー、くっそ濡れた!」

車に乗るなり、ボーイは雨でびちょびちょになったTシャツをまるめて、後部座席に投げた。たっぷりと雨を吸ったTシャツは、おいおい泣いてる女みたいだ。もう少ししたら、わたしもあのTシャツみたいになっちゃうのかなと思う。私も、びちょびちょに、たぷたぷに重くなったら、この人は、さっぱりとした、美しい、おろしたてのTシャツを着たくなるだろう。「感情は、脱ぎ着するものなんだ。」そうなったらすごく泣くし、かなしいし、くやしい。でも、なぜだろう、あんたはそのままでいなよ、とも思っている。だって、ボーイは、生粋のボーイだから。ボーイには、ボーイのままでいてほしい。ボーイは、きもちがいい存在。いさぎよくて、ぱきん、としている。わたしは、その、ぱきん、がすきなのだ。「だからお願いだから、あんたはいつまでも、ぱきん、のままでいてよね。お願いね。」そんなことは勿論言えないので、そのかわり、「風邪ひいちゃうから、さっき買った服をはやく着てね」とつぶやいた。

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