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映画そのものにも、ライフ・ストーリーがある

IMECというアーカイブで、せっせと草稿を読んでいる。わたしが研究しているエリック・ロメールという映画作家は、なんでも残しておくひとで、かれの遺志を受けたおそらく奥さまが、それをごっそりここのアーカイブに寄贈したのである。

その数はじつに膨大で、厚さ10cmくらいのファイルに、くわしい目録がごっそり綴じられている。つまり、「目次」だけで、何百ページもある、ということ。

火曜から金曜までしか空いていないのだが、5ヶ月はいられるので、できるだけ多くの資料を読み込み、聴き込むつもりにしている。とりあえず、かれの長編映画としては3作目の、『モード家の一夜』という映画の資料を、読んでいる。

なぜこれから始めたかというと、この映画がとても好きだから、というのが一つの理由になる。しかし、なぜ好きかというと、それはかれの人生初期のエッセンスが詰まった作品だからであって、こちらの方が、理由としてはただしい。映画が公開されたのは1969年であるが、この映画の元ネタは、なんと25年ほど前にさかのぼるのだ。

こんなことはたぶん誰も言っていないと思うのだが、この映画は、ロメールが生涯愛した奥さまへのラブレター、といってもよい。元ネタになった自作の短編小説は、「モンジェ通り」Rue Mongeというのだが、ここで主人公はある女性を見て、ひらめき、彼女と結婚するんだ、と思う。ビビビ婚、というやつか。

といってもお話は、彼女とべつの女性をめぐって、展開する。まあここがミソ。

この短編は、ほとんど実話なのではないかと思う。これは草稿集として、2014年に出版されたので、アーカイブでは実際の手書き原稿を拝むだけであったが(訂正部分などを研究するということはあるが、まだそこまで手がまわらない)、とにかくそういう、かれの人生にとってもっとも重要な出来事の一つについて、書かれた話なのである。

モンジェ通りは、ロメールが住んでいたパリのカルチェラタンにある、有名な通り。わたしはパリにいるときは、この界隈に住んでいるのがほとんどなので、この話に出てくるいろいろな通りの名前は、おなじみになっている。何しろロメールは、地理をとてもくわしく書くし、それはすべて実際の地理に、基づいている。

この話をもとにしつつ、映画では、設定をいろいろに変えてある。奥さまとのなれ初めの話が、25年間熟成されて、シネフィルの間では有名な映画に、練り上げられていったのである。

場所からして、ロメールの青春の地であり、その後も長年住みつづけたパリのカルチェラタンではなく、クレルモン=フェランという、フランス中央部やや南よりの場所に、移動している。ここは、パスカルの生誕地として、有名なところ。

映画のシナリオの草稿は『自転車に乗った娘』というのだが、この手書きで書かれたシノプシスとシナリオを読み、せっせとタイプしている。手書きの草稿でもだいたいは読めるが、たまに読めない箇所がある。図書館の人に聞くと、前後を読み、集中しつつ、解読してくれる。さすがネイティヴ。

草稿を読んだり、作成資料を見たり聞いたり読んだりすることによって、作品の生成過程を、研究している。作家がどのようにその作品を創っていったのかということに、興味があるのだ。

人生がどのように作られていくのか、発展していくのかということがおもしろいので、映画や文学も、そういう有機体として捉えている、ということになる。映画そのものにも、ライフ・ストーリーがあるわけだ。

その解読は、人生を解読するのと同じなので、とてもわくわくする。

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