強烈な自我(工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』)
膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番すばらしい俺
この表題作に限らず、全体として、強烈な自我が記憶に残った。比喩などのレトリックに凝ることなく、まっすぐ言葉を撃ち込んでくる。洗練された武器で戦うのではなく武骨に素手で殴りにきている感覚。
自我だけでなく他我への意識もしばしば題材になっている。具体的には、煙草を吸う男性の視野から出ようとしたり(p.59)、鏡に映らないように走ったり(p.68)、サッカー選手を見下ろす主審を認識していたり(p.97)、他人の視線への後ろ向きな認識が目立つのが印象的である。
自己を卑下しつつ、また、他人の意識に上らないようにしつつ、結果として自己を強く認識してしまう逆説的な構造が生じているのが、意識的なのか無意識的なのかわからないが、文学的。
以下、好きだった歌たち。
傘を振り落ちないしずくと落ちるしずく何が違っているのでしょうか
吐く息の白は消え去りこんなのは誰でもできるあなたにもできる
なんとなくいちごアイスを買って食う しあわせですか おくびょうですよ
甘口の麻婆豆腐を昼に食い夜に食うただ一度の人生
工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』(2020)短歌研究社。