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コミュニケーション上手と下手の両方を併せ持つ私。ーHSP, HSS/HSE, ASD

私は幼少期から、きっと物心もつかない間から、人との繋がりに難しさを抱えていたのだが、そのことはおそらく周りの人にはほとんど気付かれずに大人になった。大人になってからも外側から見れば、私は気さくで愛嬌があって人当たりがよくどちらかというと社交的で友達が多い人だと思われていただろう。大人になってからは特に、そうしていないと仕事もできないし世の中生きていけないと思い、頑張ってそうしていた。
中学や高校の時から友達とバイバイと言ってお別れした後に明るい自分がオフになり、真っ黒な自分にスイッチされることを自覚して自分のことを怖い、気持ち悪いと思ったり、訳も分からず涙を流したりしていた。それは大人になっても続いていた。

私は自分で発達障害グレーゾーンだと自覚しているのだが、
発達障害を持つ人はコミュニケーションに難を持つ人が多いと言われる。会話のキャッチボールがうまくできなかったり、人の表情や気持ちを読み取ることが難しいことがあるそうだ。

その点では私は概ね、会話でのコミュニケーションや人の表情や感情を感じ取ってその人に寄り添うことを得意としている。でもそれはあくまで外用の自分がオンになっている時の話だ。
人と関わることや接客業を主に仕事としてきて職場ではいつも仕事を認められ頼られることが多かったし、家族や友人からは悩みや相談、愚痴などを聞かされることが多く、話に付き合うことが多かった。

表向きはそんなコミュニケーション上手な人として生きてきたのに、時折その真逆の自分が顔を出す。休みの日は誰とも会いたくなくて部屋から出られずカーテンまで閉め切り、携帯のメッセージや電話も全てシャットアウトしてしまったり、問い合わせ窓口のオペレータの人とうまく会話ができなかったり小さなことでムカッとしてしまい、イラついたものの言い方をしたり途中で電話を切ってしまうこともあった。

周りの人やお客様に対して明るく楽しく笑顔で振る舞う自分と、全てに心を閉ざして周りにつらく当たってしまう自分。自分が併せ持った両極端のギャップにいつも思い悩み自分を責めていた。

2016年11月、心身の不調の為それまでしていた仕事を休止し、そこからずっと自分と向き合う旅を続けている。他者とのコミュニケーションに関してのアンバランスさについても解明されつつある。

コミュニケーションに関すること以外にも自分自身を分析してみると、
興味のあることとないことの差が激しい、一点集中型でこだわりが強い、感覚過敏、ケアレスミスが多い、等々、ASDの特性に当てはまることが多い。
表向きの社交的な自分がオフになった時に急に出てくる人とコミュニケーションできない自分もここに原因があるのかもしれない。

一方、2020年頃”繊細さん”という名前で話題になったHSPについても一時期学んでみたことがある。本を読んで自分がHSPであることを確信し、講座やセッションを受けて、その自分に向き合うことでこれまでのたくさんの心のつらさや過去の出来事が癒えた。その時に発覚したのが、私はHSPの中でも共感型のHSPで、HSS(刺激追求型)でもあり、HSE(外交的)の性質も持ち合わせているということ。

つまり私は、
繊細な感受性を持ち人の感情を自分のことのように感じて共感できる共感型HSPの性質と、人の表情や感情が分からないASDの性質,
外交的で新しいことや刺激的なことを求めるHSS型HSEの性質と、自分の世界に浸ったり没頭するのが好き、内向的で刺激に弱いといったASDやHSPの性質を一度に併せ持ってしまっていることになる。
私という一人の人間の中に相反する真逆の性質を両方持ってしまったがために、自分でも交互に現れる両極端な自分に戸惑い、内面に葛藤が生じていたと考えれば納得がいった。

自分に向き合う時間の中で、
HSPや発達障害などの脳の仕組みについて学ぶ機会が得られたことは私にとって大きく、非常に救われた。

自分が意識しないうちに周りからの刺激に対していろいろな自分の性質が顔を出し反応を示してしまうことで、自分自身に戸惑ったりがっかりしたりすることはまだあるけれど、どんな自分もだいぶ受け容れられるようになってきたと思う。

コミュニケーションがうまくいく時もそうでない時も、その時々の自分を褒めも責めもせず、自分自身としてただ受け容れていこうと思う。

以前と比べれば、
コミュニケーションを上手くいかせようとがんばりすぎることも、周りとのコミュニケーションがうまくいかずにカッとなってしまうことも少なくなった。

自分を知り自覚することで生きやすくなる。
社会や他人との関係もこれからもっと良好に築いていけるように、一歩一歩進んで行こうと思う。

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