軽やかにとんこつらーめん大盛り麺かためを頼んだ女性の声が自分の想像と合ってるか確かめたかった話。
午前の仕事を終えると、もう14時をまわっていた。内科のクリニックの仕事は、その日は忙しくて時間中、ずっと動きまわっていて疲れた。
ここのところ娘も風邪をひいて、夜中もコンコンと時々咳をして起きるので、一緒に寝ているわたしが、水を飲ませたりと睡眠不足だった。
やっと娘の調子が戻り、保育園に3日ぶりに行った。だからわたしもボーっとする頭にカツを入れ仕事に行った。
しかし、行ったらすごく忙しくて、よく動いてお腹がすいた。いつもなら家も近いし、仕事が終わったらすぐ帰って、何か簡単なものを作って食べる。
だけど今日はここのところの疲労とここひと月くらいずっと食べたくて我慢していた日高屋の味噌ラーメンが無性に食べたくなった。
中年だし、痩せている体型ではないし、なるべくラーメンなどの高カロリーのものは控えようと思う乙女ゴコロ。でも最近頑張ってたし、今日はいいか。心の栄養も必要だわ。と見事に心の欲求に負け、職場のすぐ近くにある日高屋に寄って帰ることにした。
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日高屋とは、熱烈中華食堂日高屋と言う中華料理のチェーン店だ。
日高屋は安価でお腹いっぱい食べられる大衆的な食堂で、一品のおつまみやアルコール類も置いてある。
わたしは夫の不在の金曜日には、翌日が休みなのも手伝って、保育園にお迎えに行くと、そのまま駅前の日高屋に行って、娘と2人1週間お疲れ会を敢行している。
お疲れってのは、わたしが心の中でひっそり思っているだけだが。日高屋に行くのは毎週ではないよ、時々ね。
お子様ラーメンセットとわたしは餃子6個1人前とビール中ジョッキ、マカロニサラダが定番。そこにそら豆がついたりつかなかったり。子どもはお子様セットのおまけがついてくるので喜んでついてきてくれる。
それでお会計は2000円いかない。最高です。夫のいない週末のささやかなリラックスタイム。
そんな日頃からお世話になっているお馴染みの日高屋、わたしの職場の近くにもある。
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夜、娘と行く日高屋で頼む定番メニューではなく、昼に食べるメニューで気に入っているのは味噌ラーメン。美味しいんだ。
このお店は奥行きが縦長に広い。入ると左側に1人がけの席が壁を向いて並んでいる。右側には向かい合わせのボックス席が並ぶ。わたしはその壁向きの1人掛け用の席に向かい、座るやいなや氷水のグラスを持ってきたウェイトレスさんに挑むが如く、味噌ラーメンを注文した。
味噌ラーメンを待っていると、後ろから女性の声で注文する声がした。
「とんこつラーメン大盛りで麺かためで」
よどみない注文の声だ。
少し太くややくぐもった声。少し間の抜けた感じもするけれど、しかし軽やかで堂々とした物言いだ。まるで常連を主張するかのような雰囲気もある。声の質から年齢は20代後半から30代後半くらいに感じた。ちょっと太っているかも?
わたしの主観だが、太った人には少しくぐもった声の人が多い気がしている。声帯も太るからなのかな?本当のところはよく知らないけれど、太っている人のくぐもった声だと思った。
わたしの興味を引いた理由は「大盛り」を堂々と言い放ったからだ。そしてラーメン専門店でもない、ただのチェーン店の中華料理屋で、麺かためをオーダーするこだわり。女性で、1人で来店して、大盛り、チェーン店で麺かためを頼む勇気。そして、その言い方。堂々として澱みないオーダー。小さな声で言ったのではない。誰に聞かれても恥じることはないと思っている意思が伝わる。
「とんこつラーメン大盛り麺かためで」
素敵。
もう名言にすら聞こえてくる。
わたしの中では大体人物像が出来上がり、性別、年齢、体の大きさ、体型、髪の長さ、そういったイメージが頭に浮かんでいた。
すると、もう、絶対確認したい!自分の中に出来上がった彼女のイメージが正しいのか確認したい。運ばれてきた味噌ラーメンと対峙しながら、彼女への興味が増幅する一方だった。
わたしの座っている席は壁に向かっている。わたしの後ろ側から聞こえる彼女はボックス席に座っている。
顔が見たい!顔が見たい!ダメだ。注文してすぐ見たら、いかにもあなた大盛り頼んだの?と興味本意の視線と感づかれる。
違うんだ。わたしは、どちらかと言うとその堂々と大盛りを頼んだあなたの食への愛を賞賛している。だから侮蔑のような視線と勘違いされたくなかった。あなたへの好意で溢れている。だから彼女の迷惑でないように確認したい!
わたしが食べていると、後ろで店員の声が聞こえた。「とんこつラーメンでっす」ああ、彼女にもラーメンが届いた。わたしの方が先に食べ終わって、店を出ながら、彼女の顔を確認しよう。そう思った。
いや、待て、ラーメンが来たなら、きっと彼女はラーメンに立ち向かってラーメンを見ているはず。わたしが一瞬振り返ろうが、きっとわかるまい。
そしてわたしは、ラーメンを食べる手をとめ、一瞬振り返った。
後ろのボックス席、声のした方を…。
見えた!!!
わ〜〜〜〜〜〜〜〜!!
やっぱり、太っってた〜〜〜〜〜!!
わたしの中で大体想像通りの人物がラーメンをすすっていた。
でもものすごい太くはなくて、たぶん身長160センチくらいの90キロくらいの感じかな〜。ゆったりしたトップスを着ていて、まあるいフォルム。堂々と麺をすすっている。
なんかすごい達成感。すごい嬉しい。このドキドキと想像があってた喜び。これ伝えたい!誰かに伝えたい!
その日帰って夫に話した。
この彼女が見えない間、どんなに期待に膨らませて、意を決して振り向いたか。そして、その想像が思っていた人物像にほぼ近かった時に感動たるや。という話は、あまり盛り上がらなかった。
わたしが意気揚々と興奮がちに伝えたものの、よくある、自分でハードル上げすぎて、あんまり感動が伝わらないパターンで終わった。すごい挫折感。
翌日職場でも、同僚に話してみた。同じく、なんか伝わってない。味噌ラーメン美味しいよね〜のコメントが返ってきた。
違う、違うぞ、その回答。同僚を恨めしく思った。
チーン。そう、わたし、お話、下手なのよね。
しゅん。
しかし素敵だったな。女性で、1人で来店して、「大盛り」を堂々と言い放つ度胸。チェーン店に麺かためのこだわり。そして、その言い方。堂々として澱みないオーダー。誰に聞かれても恥じることはないと思っている意思が伝わる。
「とんこつラーメン大盛り麺かためで」
うん、やっぱりいいよね。
できたら、また会いたいな。きゅん。
おわり
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