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夢のあと咲き(短編小説)

「おかあさん、またね」
声が聞こえた気がした。

ハッと目が覚めると、私は病室にいた。
なんの夢を見ていたっけ、自分が泣いていたことに気がついて頬の涙を拭った。

ふと、夢のかけらを思い出しそうだったけど、やっぱり思い出せない。
ただ、苦しくて辛くて胸が張り裂けそうだったけど、どうしようもなく優しくて温かい感覚だけが残った。

私は、お腹で亡くなった子どもを人工的に産むための、人生で一番痛かったと思う処置に泣いて耐え、その子を産んだ。

その処置が昨日だ。今日は小さな棺に、小さな我が子に、小さな紙で作った花に、お手紙を入れて、見送った。そして私も退院する。

動かないその子は、手のひらに乗るくらいの小さな身体なのに目と鼻と口はぼんやりできていて私たちの面影も少しあった。

病院からは先生たちが見送ってくれたけど、誰も目を合わせようとせず、丁寧に深々と下げられた頭が悲しかった。

腫れ物に触るような、文句の言う隙間も無駄もない冷静な対応が、子どもが死産だった事実をさらに突きつけた。タクシーに乗って泣きながら帰った。

だけど、泣いて泣いて過ごした日々にも朝が来て、夜が来て、また朝が来た。
本当は子どもができても母になれるのか、ずっと心配だった私は、この経験を経て、絶対子どもができたら、幸せにしてあげるんだ、そう心に誓うことができた。それで、やっと母になれた気がした。

あの子が自信のなかった私を母にしてくれた。
贈り物を残してくれた。

あの子がきてくれたことはずっと感謝していたから「泣いていても仕方ない」ある日、そう思えてからは、少しずつ立ち直っていった。

産休が明けたら、職場にも復帰して、平気な顔をして仕事をした。仲間もちゃんと迎えてくれた。

そしたらある日夢を見た。
そうだ、あの子が夢枕に立った気がする。

「おかあさん、またね」って
ああ、そうだ、きっとあの病室でも、あの子が励ましてくれたんだ。

ありがとうね、いつも見守ってくれて。
「また、会おうね」


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