マルチェロのひげ
五年ぶりに会ったマルチェロの
頬から顎、口元に短く蓄えたひげには
白いものが半分くらい混じっていた。
それが少しすっきりした彼に
なんとも似合っていて
風格と品格を醸し出している。
惜しまれて逝ってしまった彼女が
夫のこんな佇まいを見たらきっと
軽く目を瞑って「似合ってるよね」と
ちょっとはにかんで微笑んだことだろう。
***
艶やかな管弦楽の音色が階上から聞こえてくる。
聡明で快活な女性に成長した下のお嬢さんが
情熱を共に傾ける仲間と
日曜の午下り練習に勤しんでいるのだ。
一方、上のお嬢さんは自室に籠ったきりだ。
あれから躁鬱を繰り返すばかりらしい。
「感受性が豊かなダウン症の人には
母親の喪失という事実を受け入れるのは
酷すぎるんだろう」
ちょっと肩を落として
でも努めて朗らかに話すマルチェロのひげは
夕暮れどきに差しかかった影で薄灰色に映る。
また次に会える時
銀白色になったひげが
彼の優しげなあの笑顔こそを
縁取っていてほしいと願う。
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