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シューマン/リスト:献呈

春爛漫。お茶室のお道具が春のものに入れ替わった。季節がかわるたび、その時節のお道具に再会するのは嬉しい。4月のお稽古で楽しみにしていたのは都鳥の香合だ。香合はお香を入れる蓋つきの小さな容器で、都鳥は桜が咲く頃、毎年お目見えする。

名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思う人は ありやなしや

「伊勢物語の東下りに出てくる在原業平が詠んだ歌で有名でしょう。隅田川の都鳥、ゆりかもめよ。」といつも先生が説明してくれる。ひっくりかえすと、朱色の足があるのも、愛らしい。

この季節は、お花も、お道具も、お菓子も、何もかもがいっせいにに春めく。掛け軸は「柳緑花紅(やなぎはみどり はなはくれない)」、お抹茶を入れる棗(なつめ)は柳の蒔絵、お釜の蓋置きは雪洞(ぼんぼり)。

「今日は、お菓子に「さまざま桜」もあるわよ。伊賀のお菓子よ。」これは、私もかろうじて覚えている。「芭蕉の、さまざまなこと思い出す桜かな ですね。先生」「こちらのお菓子もどうぞ」と並べてくれたのは、言問団子のような春の三色のお干菓子だった。

4月は私たちの結婚記念日もある。風に舞う桜の花びらを手のひらにとって、願いごとを唱えたら願いが叶うときいて、子供の頃からよく花びらを追った。それでだろうか、結婚式はこの季節にと思っていた。満開になった桜があっという間に散ってしまうことや、春の晴れ間は続かず、冷たい雨がしばしば降ることに、当時は気がついていたのか、知っていても気にとめなかったのか、ただただ桜吹雪の春の光の中を歩くことだけを夢見ていた。

式の当日は、変わりやすい春の曇り空で、前日からの雨がなかなか上がらず、式のあとにやっと薄日が射して、ウェディングドレスのすそをたくし上げて、大学のキャンパスの中にあった教会から出た。

それから、さまざまな春がきて、新しい出会いも、別れもあって、とうとうこんなところまできてしまったと、毎年、思う。

結婚式の披露宴では、担当していたピアニストがお祝いにと、エルガーの「愛の挨拶」を演奏してくれた。「愛の挨拶」は、エルガーが妻となるアリスに婚約記念として贈った幸福感に満ちた愛あふれる小品で、結婚式の(われわれの業界での)定番曲だ。この曲を自分の結婚式で弾いてもらえるとは、感慨深さもひとしおとなるはずだったか、担当アーティストが演奏となったとたん、仕事スイッチがはいり、そういえばピアノ調律は問題なく仕上がったかとか、演奏中にボーイさんたちがお皿を片付けはじめてしまって、そのガチャガチャとお皿を鳴らすのは今だけはやらないで〜と気が気でなかった。

もうひとつ、結婚式の定番曲といえば、シューマンが結婚式の前日にクララに贈ったという「献呈」だろうか。もとは歌曲だが、リストがピアノ曲にして多くの人に愛されている。

エルガーの「愛の挨拶」は、新婚さんの日曜日の朝食のイメージ、シューマンの「献呈」は、きらめく春の小川のよう。美しく澄んだ流れに、ときに雲の影や冷たい雨が射したとしても、その流れが濁ることも絶えることもないでしょう。(と信じられそうな気がする美しい曲だ。)

シューマン/リスト編:献呈(金子三勇士)https://www.japanarts.co.jp/artist/miyujikaneko/

シューマン:ミルテの花 第1曲献呈(君に捧ぐ)(ディアナ・ダムラウ)https://www.youtube.com/watch?v=sIlGQQizEro 

都鳥の香合、そっとひっくり返すと朱色の足がある。


なんと今年は銀婚式でした。


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