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‘Eat the Buddha’ Reports From the ‘World Capital of Self-Immolations’ 「世界で一番焼身自殺の多い地域」からのルポ「仏陀を食らう」
2020年12月10日
先日、ニューヨーク・タイムズのお気に入りのポッドキャストを聞いていたら、この本を推薦する人がいました。前半の著者インタビューも面白いのですが、最後にスタッフが何を今読んでいるかのコーナーで「おや?」と思った本に外れはありません。やはり、いい!と思ったスタッフの熱量が伝わるのでしょう。
そういえば、年の瀬ということもあって今年のベスト10に入る本も発表されましたが、私がこの一年で一番感動したThe Undocumented Americansは入っていませんでした。が、ベスト10に漏れたけれど好きな本は?のコーナーで、やはりスタッフがこのThe Undocumented Americansを推薦していました。
さて、このEat The Buddha: Life and Death in a Tibetan Townも、スタッフが最近今読んでいる本として推薦していました。それで、ちょっと調べてみたところ7月に出版されていてニューヨーク・タイムズに書評が載っていました。書評で知らなかった著者のことがわかり(ロサンジェルス・タイムズの北京支局長)過去の作品にも興味が出てきました。というわけで書評が面白かったので(最初の2段落を除く!)転載します。
ブッダを食らう
パラル・シーガル
(略)ジャーナリスト、バーバラ・デミックの取材のやり方は、自己開放、時間をかけた傾聴、いつでも話しかけるよう待機しておくことなどです。こうした結果として、実際に経験した個人による、豊かで特異な歴史のプリズムを引き出します。これによりデミックが前著「羨むものは何もない」(Nothing to Envy, 2010)で北朝鮮の暮らし—饑餓すれすれで、世界から隔離され、電気さえ十分ではない社会—を描きました。そしてデミックはそこにロマンスがあることも記します。(電気のない)暗闇が実は恩恵だ、とある北朝鮮の国民が彼女に打ち明けます。皆、暗闇を欲するようになる、だってそれは彼らが知る唯一の自由だから。暗闇で若者は恋に落ちる。「見えないことによる魔法に包まれ、両親、近所の人達、あるいは秘密警察の詮索を心配しないで、やりたいことができるから。」と。
「ブッダを食す」はデミックの3冊目の著書になります。そして前作同様、この本もいろいろな視点が紹介されます。ジョン・ハーシーの「ヒロシマ」に感化され、今のデミックはあります。サラエヴォの街からのレンズを通してボスニア戦争時の日常を描いた「ロガヴィナ・ストリート」。「羨むものは何もない」は清津(北朝鮮北部の港)からの6人の脱北者を追ったものです。焦点を絞ることで、彼女の作品は細部を描き出すと同時にいろいろな角度からの検討をも可能にしているのです。「良いルポは裁判と同じ基準であるべきです。合理的疑いを払拭するのです。」最新の著書「ブッダを食す」では、デミックは中国四川省の阿壩県(Ngaba or Ngawa county)にルーツを持つチベット人のグループを紹介しています。そこは「抗議の焼身自殺が世界中で一番多い場所」としても知られています。自殺を禁ずる仏教の教えにもかかわらず、156名ものチベット人が、少なくともデミックが書いた時点で中国政府への抗議として焼身自殺をしています。彼らは焼身の技術を磨いていて、まずキルトで自身の体を巻き、助けられないよう体をワイヤーでぐるぐる巻にした後にガソリンをかけ、同時にガソリンを飲むことで体の中からも焼けるようにするのです。焼身自殺を遂げた3分の1は、仏僧、母親、ごく普通の市民で、阿壩県かその近隣の出身です。どうして阿壩県なのでしょう。「どうして、これだけ多くの市民が、考えるのも恐ろしい方法で自分の体を滅却しようとするのだろう。」2007年にロサンジェルス・タイムスの北京支部長として就任したデミックはこの謎に惹きつけられました。表層では、阿壩県は他の都市よりも暮らしやすそうです。住民は快適な暮らしをおくっており、インフラはまあまあの水準です。(暴動の鎮火を見込んで中国政府は電撃的な近代化を推し進めました)。ある人は厳しく抑圧的な警察のせいだ、と言います。しかしデミックは問題の根はもっと深いところにあると考えています。
阿壩県は1930年に初めてチベット族が中国の共産党員と出会った場所でもあります。「この地域の人々は3代にも及ぶ過剰な苦難を被っているという特殊な事情があるのです。」仏僧キルティ・リンポチェはアメリカの議会委員会で2011年、こう証言しました。「この傷は忘れるには、あるいは治癒するには深すぎるのです」と。国民党から逃れるにあたり、共産党軍は修道院を略奪しました。聖典や原稿を焼却し、生き延びるために仏陀へのお供えものや、太鼓の皮を茹でて食べたのでした。(本の題名はここからきています。)デミックはこの最初の出会いを調べ、続いて暴力に満ちた歴史を、彼女が出会った人びとの話から紐解きます。彼らは学生だったり、先生だったり、市場で働いていたり、ダライ・ラマの私設秘書であったり、メイ国の元女王もいます。こうした場面は思い出の場面として、子どもが憶えているような仔細な出来事とともに語られますが、信じられないほど鮮やかで恐ろしい思い出なのです。一人の男性は中国兵が家に侵入してきたので隠れた思い出を語ります。隠れ場から出てみると、おじいさんはいなくなっており、おばあさんは頭から血を流して震えていました。彼はおばあさんの三編みはどこへいったんだろう、と思ったことを覚えています。元女王だった女性は、最初は中国人に対して興味津々で、出会えた時には喜んだものでした。彼女の母親は彼らのトラックに飼料をあげた、と冗談を言っていました、というのも、それは彼ら見た初めての車で母親は車を馬の一種だと思ったのでした。今日、焼身自殺をする人々は、初期の暴動に参加した人々の孫世代にあたります。ダライ・ラマの非暴力の教えをしっかり守る彼らにとっては、抗議において自分自身を傷つける手段しかないのです。彼らは1958年に東チベットで始まった「民主化運動」の傷を受けた人たちでもあります。「この世代のチベット人は58年組と呼ばれます。9・11のように言葉では言い表せない規模の大惨事は短縮され数字だけで表されるのです。」ある人たちはdhulokとも呼びます。これは大雑把に訳すと「時間の崩壊」あるいは「空と地が居場所を変えた時」とも言われています。チベット人は共同住居に押し込まれ、家畜と土地を奪われました。ヤクは彼らの食と衣と光(ろうそくはヤクの脂肪で作られるため)を供給してきましたが、ヤクも捕らえられ殺されました。それはアメリカ政府がラコタ族の野牛の大量屠殺をしたことと似通っています。
「苦闘セッション」と呼ばれる一日を通しての催しが制度化されました。これは違反とみなされた行為で捕らえられた人たちが罪を認めるよう強要され、公衆の眼前で罵られたり体罰を加えられたりするもので、子どもたちでさえこれに参加し加勢するよう強要されるのです。人口の20%が逮捕され、穴蔵のようなところに多くの逮捕者と一緒に投獄されています。これにより30万にものチベット人が亡くなったと言われています。デミックはチベットの荘厳な歴史も含め様々な出来事を記します。それはトルコやアラブにも負けないチベット帝国の栄華から、今日ではチベットの独立運動が文化とスピリチュアルの生き残りをかけたものに弱体化してしまったことまで。近年の創意工夫に満ちた抵抗、言語と伝統を蘇らせる努力、ダライ・ラマへの畏敬(と批判)。現代のチベット人に彼らの望みを語ってもらってもいます。彼女を当初惹きつけた焼身自殺の目をひく恐怖に比べ、実際に人々に接して、少なくとも彼女が接した人々の願いというものは極普通のものです。彼らは漢民族と同じ権利を欲しているだけなのだ、と彼女は言います。それは、旅行すること、パスポートを保持すること、チベット語を学ぶこと、もし子どもが望むなら留学させること、などです。
阿壩県の最後のチベット語学校—実際には中国で唯一のチベット語学校ですが—でさえ、主な言語は中国語になってしまいました。その間、中国全土で同じような赤いビルボードが林立し始めたことにデミックは気づきます。そこには最近のプロパガンダ「一緒に美しいふるさとを作りましょう。他人の言い分を聞きましょう。」が踊っているのです。
ちょうど、渡辺一枝さんの「消されゆくチベット」を読み直していたところだったので、ますます興味がわきました。仕事関係の本が山積みでいつこちらの本に着手できるかわかりませんが、備忘録として、また是非この興奮が消えぬうちに読んでみたいと思います。パスポートがないんだ!というのは、この書評で初めて知りました。つまり外国に行って圧政を語られては困る、ということなのでしょう。そして、著書が書いた北朝鮮の本も面白そうです。
この書評もヤクの大量屠殺でアメリカの開拓時代にネイティブ・アメリカンズにとって大事な野牛を屠殺した、と書いているように、どこの国にも二級市民として権利を剥奪されているグループがいることに、憤りと悲しみを感じます。
そうそう、一枝さんの本にチベット人が「ヨーグルトは眠たくなる」「ヨーグルトは夜の飲み物」という場面があって、へ〜(むしろ朝ごはんに食べる人が多いイメージ)と思っていたら、ひょんなことから、乳製品には入眠を助けるトリプトファンが多いということを知りました。さすが〜。昔の人の知恵ってすごいです。