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ラヴェルとサクソフォン——『展覧会の絵』と『ボレロ』に秘められた音色のこだわり

「ラヴェルはサクソフォンをオーケストラに取り入れた先駆者なのか?」


クラシック音楽のオーケストラにおいて、サクソフォンの存在は決して一般的ではない。現在でも、オーケストラの標準編成には含まれておらず、必要な場合にエキストラ奏者を呼ぶのが常である。そんな中で、ラヴェルが**『展覧会の絵』の「古城」でアルト・サクソフォンを、『ボレロ』**でソプラノとテナー・サクソフォンを用いたことは、当時としては驚くべき選択だった。

この楽器をあえて採用した背景には、ラヴェルの並々ならぬ音色へのこだわりがあったと考えられる。今回は、彼がどのような意図でサクソフォンを取り入れたのかを探ってみよう。

『展覧会の絵』の「古城」——サクソフォンが奏でる哀愁

ラヴェルがムソルグスキーの**『展覧会の絵』をオーケストラ編曲したのは1922年。この作品の中でも、「古城」におけるアルト・サクソフォンの使用は、当時のクラシック界では非常にセンセーショナル**だった。

「古城」は、かつての騎士の物語を歌う中世的な哀愁を持つ旋律が特徴的だ。原曲はピアノの左手に揺れ動く分散和音を伴いながら、右手でシンプルな旋律が歌われる。これをオーケストレーションするにあたり、ラヴェルは通常の木管楽器や弦楽器ではなく、アルト・サクソフォンを主旋律の楽器として選んだ。

なぜアルト・サクソフォンだったのか?

この選択には、いくつかの理由が考えられる。
1. 「古城」の旋律が持つ柔らかさと哀愁に合う音色
• クラリネットではやや軽くなりすぎ、イングリッシュホルンでは暗すぎる。
• サクソフォンのまろやかで、どこかノスタルジックな音色が、中世の騎士の面影を表現するのに最適だった。
2. 当時のオーケストラにおいて新鮮な響き
• 1920年代、サクソフォンはまだオーケストラの主流ではなく、吹奏楽や軍楽隊の楽器というイメージが強かった。
• それをあえてクラシックの響きに取り入れることで、ユニークな色彩感を生み出した。
3. ラヴェルの緻密な音色設計
• ラヴェルは楽器の選択において非常に慎重な作曲家だった。
• 彼にとってサクソフォンは、ただ珍しい楽器ではなく、「古城」の物語を表現するために必要なものだったのだ。

『ボレロ』——サクソフォンが生み出す官能と異国情緒

ラヴェルがサクソフォンを用いたもう一つの作品が**『ボレロ』**である。この作品では、テナー・サクソフォンとソプラノ・サクソフォンが登場し、特にテナー・サクソフォンのソロは強烈な印象を残す。

『ボレロ』は同じ旋律を繰り返しながら徐々に音量を増していく作品だが、その中で、テナー・サクソフォンの登場は大きな転換点となる。弦楽器と木管楽器が紡ぐ静かな序盤から、突然、官能的でジャズを思わせる響きが加わるのだ。

なぜ『ボレロ』でサクソフォンを使ったのか?
1. エキゾチックな音色
• 『ボレロ』はスペイン風のリズムを基調としているが、サクソフォンの使用によりさらに異国情緒が強まる。

  • ソプラノ・サクソフォンは、柔らかさと官能性を兼ね備えた音色を持ち、この作品のムードにぴったりだった。

  1. ジャズへの関心

    • ラヴェルは1928年にアメリカを訪れ、ガーシュウィンらのジャズ作品に感銘を受けた。

    • その影響が『ボレロ』のサクソフォンの使い方にも表れている可能性がある。

  2. 楽器の音域と響きの変化

    • 序盤の木管楽器の透明感のある音色から、テナー・サクソフォンの厚みのある響きへの切り替えは、作品の展開をより劇的にする効果があった。


ラヴェルとサクソフォンの関係——「特別な音色」を求めた作曲家

ラヴェルがサクソフォンを多用した作曲家かというと、決してそうではない。しかし、彼がこの楽器を使った場面では、それが単なる偶然ではなく、慎重に選ばれた結果であることが分かる

『展覧会の絵』の「古城」では哀愁を、『ボレロ』では官能的なムードを作り出すために、ラヴェルはサクソフォンを選んだ。これは彼が単なる楽器の色彩のバリエーションとしてではなく、その場面において最も適した音色としてサクソフォンを認識していた証拠だ。

もしラヴェルが長生きしていたら、もっとジャズの影響を受け、サクソフォンをより積極的に取り入れた作品を作ったかもしれない。実際、20世紀後半には、プロコフィエフやショスタコーヴィチなど、多くの作曲家がサクソフォンをオーケストラ作品に取り入れるようになった。その先駆けの一人として、ラヴェルのサクソフォン使用は極めて先見的なものだったのかもしれない。


終わりに

サクソフォンは、クラシック音楽においては未だに「異端児」のような存在だ。しかし、ラヴェルのような作曲家がこの楽器を巧みに用いたことで、サクソフォンはオーケストラにおける新たな表現の可能性を示した。

「古城」のアルト・サクソフォンの憂いを帯びた響き、『ボレロ』のソプラノ・サクソフォンの官能的な音色——これらはラヴェルの音楽の中で、今なお鮮烈な印象を残し続けている。

ラヴェルはサクソフォンを愛した作曲家だったのか?
それは分からない。ただ、彼がこの楽器の「特別な音色」に惹かれ、作品の中で生かしたことは間違いない。

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