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ロマネスコの恐怖 〜カメーカメー攻撃からの生還〜
今日は早めに病棟回診が終わり、休憩室の前を通りかかったとき、異様な叫び声が聞こえた。
「うわっ!なにこれ!?」
「苦っ…!」
「ざらざらする…!」
中を覗くと、そこには口を押さえる人々の姿があった。
ナース、ケースワーカー、課長や他の管理職まで、誰もが一様に苦悶の表情を浮かべている。
何が起こったのか。
不穏な空気に身構えながら足を踏み入れると、机の上に見慣れぬ物体が鎮座していた。鮮やかな黄緑色、螺旋を描く不気味なフォルム。
その横で、再雇用組のベテラン女性ナースが満面の笑みを浮かべていた。
そして、私と目が合った瞬間、迷いなくそれを素手でちぎると、容赦なく差し出してきた。
「はい、あんた達、野菜食べなさい!」
沖縄には「カメーカメー攻撃」という文化がある。
物のない時代を生きたオバアたちが、孫や子どもたちに「もっと食べなさい」「栄養つけなさい」と、無限に食べ物を差し出してくる、愛情たっぷりの儀式だ。
だが、今回のそれは、限りなく儀式を超えて苦行に近かった。
「すいません、マヨネーズください!」
「ドレッシング!ドレッシングを!!」
次々と犠牲になる職員たち。
顔をしかめ、涙目になりながら、なるべく味合わず飲み込む者も…
そして、ついに私の番が来た。
手渡されたものを恐る恐る口に入れる。
…苦い。いや、それだけじゃない。
えぐみ、ざらざらとした食感、じわじわと広がる得体の知れない風味。
ナースが得意げに言う。
「なんでー?あんた達、これはブロッコリーさー!野菜食べないからあんた達は仕事遅いんだよ」
どう見てもブロッコリーではない。
とにかく早く飲み込まねば—そう思いながら、私もお茶を求めて冷蔵庫を漁った。
そして、私は気づいてしまった。
不意に、先ほどのえぐみが思い出された。
最初はまずいと思ったはずなのに、なぜかまた口にしたくなるような感覚がある。
…いや、そんなはずはない。
それとも、味覚の奥底に眠る未知の領域が、今目覚めようとしているのか。
その後の会議中、次年度の計画について話す課長の声を尻目に
私はぼんやりとロマネスコのことを考えていた。
恐るべし、カメーカメー攻撃。
そして、恐るべし、ロマネスコの洗礼。
次に休憩室に行くときは、マヨネーズを持参することを誓った。