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【架空の本棚】栄江『音苑記』

ボンチノタミ、ジョーカーです。

今日は栄江(さかえ・こう)著『音苑記』(おんえんき)を紹介したいと思います。

※架空の本棚は、実在しない本の紹介文や感想を書く記事です。作者も本も実在しません。

栄江『音苑記』表紙

あらすじ

和國中世時代。ある町の外れにある誰も近寄らない大きな屋敷には、変わり者が住んでいるという噂があった。
両親と弟と慎ましく生活していた東玲明は、家の事情で屋敷使いとして働くこととなってしまう。
掃除、洗濯、炊事……広い屋敷の家事のほとんどを任された玲明。しかし、屋敷の主・星柳心は、ほとんど姿を見せない。
ある夜、主の部屋から美しい楽器の音色が聞こえることに気付く。
それは広く静かな屋敷を包み込み、そして国をも変えることができる不思議な音色だった。

『音苑記』あらすじ

栄さんは、古代中国や日本のような独特の世界観を舞台にした作風が特徴の作家さんです。
もちろんそれらはすべて架空の時代設定なのですが、ひとつひとつの設定や描写が丁寧で、時代小説を読んでいるような気分になれます。
『音苑記』もそんな世界観の中で紡がれる、静かで優しく、しっとりとした物語のひとつで、栄さんの作品としてはあまり有名ではないのですが、雰囲気がとても素敵な作品です。
今作の舞台は和國中世時代。
王政の国で、隣国との小さな戦を繰り返している国です。
和國のある田舎町で暮らす主人公と、その町の外れにある大きな屋敷の主、そして主の持つ不思議な楽器が物語の中心となっていきます。

登場人物

東玲明(あずま・れいめい)

和國の田舎町・満里(まり)で暮らす15歳の少女。
朗らかで心優しく、家事全般が得意。
両親と年の離れた弟と一緒に慎ましく暮らしていたが、隣国との戦の影響で生活が苦しくなり、自身も稼ぎに出ることに。
偶然出会った商人から紹介された町外れの屋敷使いの仕事に就くことになる。
最初は屋敷と主のことを不気味に感じていたが、主の心と琴の音色に触れ、徐々にその人柄に魅かれていく。

星柳心(ほし・りゅうしん)

満里の外れにある大きな屋敷の主。
年齢は不詳だが、容姿は壮年の男性で、小奇麗な身なりをしている。
寡黙で穏やかな人物で楽器を集め奏でることが趣味で、中でも<苑>(エン)と呼ばれる琴をとても大切にしている。
他人と関わることが苦手でひとりで暮らしていたが、楽器の継承者を探すためにある商人に屋敷使いに相応しい人物を探してきてくれるよう頼む。

印象的なシーン

雨に鳴る琴

雨上がりの湿った空気に、聞き慣れた弦の音がピンと響いた。

『音苑記』35頁より引用

雨季が明け、雨上がりの屋敷内に琴の音が響く場面です。
雨で楽器が泣くからと、雨季の間はほとんど楽器を奏でずにいた柳心。
主の琴の音をすっかり気に入っていた玲明はその音が聴けず、長雨で気分が憂鬱になっていたのですが、からりと晴れた空の下、陽の光とともに屋敷内を包む大好きな琴の音色を耳にして、思わず廊下を駆けて主の元へ向かいます。
そんな玲明を、琴を奏でながら優しく迎え入れる柳心の『穏やかな陽だまりのような微笑み』という描写がまた優しくて好きです。

苑を求める王朝

兵たちは、こちらが返事をする間もなく大声で叫び続けた。
「早く出せ! それとも何か企んでおるのか!」
「主は悪いお人ではございません」
ただ静かに暮らしたいだけなのに、なぜこんなことになるのか。
弦の音は毎夜、この屋敷に響き渡る。
それは淋しく、儚く、それでいて満たされた音だ。
その音を、時間を奪う権利など、誰にもない。

『音苑記』78頁より引用

柳心が多く所有する貴重な楽器たちの中でも特別な<苑>という琴。
この琴の音色は古くから国を繫栄させると言われ、数々の国主の元を巡ってきた伝説の琴でした。
もちろん、隣国と戦を繰り広げている真っ只中の和國の王も<苑>を探していました。
そしてついに、町外れで静かに暮らしていた星柳心が持っていることをつきとめた王朝は、それを奪おうとやって来ます。
結果的に柳心は<苑>を渡してしまうのですが、玲明はその主の心中を思い、涙を流すのでした。

変わってしまった音色

しんと静まり返った王宮に、冷たい琴の音が響く。
いつもとは違う音だ。主の奏でる音色はもっと優しく、穏やかに周囲を包み込む。
けれど、今ここに響く音は、ただ冷たく、悲しい音だった。

『音苑記』138頁より引用

<苑>を手に入れたものの、王朝にはその琴を奏でるに足る奏者がいませんでした。いずれの者も琴に触れると弦が逃げるようにたわんでしまい、誰にも奏でられなかったのです。
そこで王は星柳心とその屋敷使いを王宮へ呼びました。
結果として<苑>を奏でることには成功するのですが、それは玲明が聴いたことのないような酷く冷たく悲しい音色でした。
そして物語は、国の存続をかけた戦と伝説の琴を巡って佳境に入っていきます。

ここからネタバレ

実は星柳心はただの趣味で楽器を集めていたのではなく、ひとつひとつの楽器に魂が込められた<魂雅>(コンヤ)という楽器を屋敷に収めることを目的としていました。
古くは王朝の音術家(音楽による占術などをおこなう役職)として仕えていた星家は、古来より<魂雅>を正しく収め、守り奏でることで国の平和と繁栄を支えていたのです。
それは王朝により任を解かれ、人里離れて暮らすようになっても続いてきたものでした。
しかし時が経つにつれその役割は王朝ですら知らぬものとなり<苑>の伝承だけが残った結果、今回のような事件が起きてしまうこととなったのです。
最後はその歴史が明らかになり、国と民の豊かさとは何か、ということに気付いた王は隣国と和平を結び、平和で豊かな国を作る方向へと進んでいきます。
<苑>は屋敷へと戻され、玲明は柳心の後を継ぎ<魂雅>を守り奏でていくことを誓うのでした。

架空の本棚

というわけで、今回は栄江著『音苑記』を紹介しました。
興味のある方は読んでみてくださいと言いたいところですが、こんな本もそんな作家も存在しません。
ありがとうございました。


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