好きなものに囲まれて暮らすってそんなに簡単じゃない
【理想の暮らし】
理想の暮らしってなんだろう?
わたしは若い時からずっと長いこと
理想の家のイメージがあって
イラストに描いては眺めて
まるでそこに住んでいる気分を味わったもの
何度も何度もことあるごとに
庭がある平家の白い小さな家
レンガ造りの天井が高い家
海を目の前にしたテラスのある家
森の中の湖のほとりの家
時代により変化したり戻ったりしたけれど
変わらないのは庭があること
キッチンから香る甘い焼き菓子の香りのなか
庭でお茶をするのが理想だった
芝生にころがりまわる犬と子供
幸せな家族の風景
そして成功した自分の姿
(なぜか小学生からデザイナー、画家としての成功に憧れていた)
これは少女漫画や映画にかなり影響された理想だったと
いまならとてもよくわかるけれど
それでも
近づくために、ケーキを焼いたりジャムを作ったり
そしてひたすら絵を描く
そして、そんな経験は今の自分を作ってる
【現実とのギャップ】
20歳で結婚した当時
自分たちの部屋は天井がとても高く
間仕切りのない40畳以上ある広いフローリング
テラスとベランダ・おまけに天窓つき
窓の向こうにひろがるのは葡萄畑
理想の暮らしを手に入れられたと思った
でも現実は、実家とこの部屋は廊下で繋がる増築
しかも以前書いたことがあったけれど
家庭環境は複雑で
自宅1階のカフェ営業で閉店は深夜3時ごろ
疲れて眠るためだけに戻るこの部屋で
ゆっくり過ごすことなど全くなく
幼い理想はすぐに壊れてしまった
離婚して
ようやく息子を取り戻しても
待っていたのはなかなかにサバイバルな生活
そんななか
ずっと理想の家は心にあって
いつか
お金持ちになって自分の家を手に入れる
というパートナー不在の理想に変化した
ネットもない当時
自分の目に見える以外の情報もなく
家を手に入れるほどの”お金持ち”になるには
死ぬほど仕事をするしかないと思った
仕事といっても
会社員でどんなに頑張っても
どんなに結果をだしても
小さな子供を抱えて残業もできない自分が
認められることはなかったから
子供が成長して日中は友達と遊びにいく年頃になったら
週末にはファストフードで短いアルバイトをして
とにかく自分の時間を働くことに費やした
それでも
ほんのわずか、生活費の足しになることはあっても
家を買うだけの資金なんてほど遠かった
【本当に自分が望んでいるもの】
そんな生活を続けながら
評価される場所にいなければ
どんなに時間を費やしても無駄だなと気づき
転職を繰り返す
といっても
好きな仕事しかしたくない、と
デザインや企画に関わる仕事を選びつづけ
そこで感じた不当さや人間関係で
やがてもうひとつの真実に気づいた
職種にこだわるって意味があるのかな?
自分は何になりたいのかな?
どんな暮らしがしたいんだっけな?
カタチにこだわるのは
自分の本当の望みを見失うことだと思った
結婚だけしても幸せにはならなかったし
あこがれのデザイナーという職業でも
自分に裁量権がなければ虚しいだけだった
このあたりから独立することを夢見るようになる
このころの自分は
働く=雇われる
という方程式しか頭になく
理想に近づくなら独立しかない
でもお金がないと独立すらできないと
独立するためには働いて(雇われて)お金を作らなきゃいけないと
固く思っていた
やがて子供は高校生になり
収入はそれなりに上がり
当時思い描いていた以上にはなった
月50〜60万だったら
きっと現在でも
会社員としてならわりと稼げていたほうじゃないのかな
でも家は買えなかったし
職場のストレスを考えると割に合わない
体調もくずしたし
ストレス発散のための買い物や飲酒
それは自分の理想を実現する助けにはならなかった
やがて交通事故で休職を余儀なくされ
回復後は会社に復帰する気など1ミリも残っていなかった
子供が保育園のころ
本当にお金がなかったころ
よく天気のいい週末の午後には
バスケットに陶器のティーセットとポットとお菓子をいれて
すこし遠いオリンピック公園まで自転車をはしらせた
目的は、公園の芝生でお茶をすること
それはとても充実した幸せな時間
家は持てなかったけど
庭(芝生)でゆったりお茶をすること
その気持ち良さは実感できた
家賃の安い借家でも
とにかく部屋の内装はこだわった
安いカラーボックスをペイントして
絵を描いて
なんとか工夫して作れるものは自分で作って
理想の暮らしに近づけて
そのままでも”幸せ”と感じる暮らしを作り続けた
収入が上がってもそれは変わらなかった
少し広い家に移ってからも
目に入って気になるもの(気に入らないもの)
例えば
壁紙も床貼りも
予算内でできることが望むものでなければ
自力でなんとかした
気持ちいい空間にするためには
労力は惜しまなかったし
決してあきらめなかった
ここで妥協したら理想の暮らしは手に入らない
なぜかそう思っていた
度重なる転居も役立って
たとえ百均のものであっても
あとあと目に触れて気になるだろうもの
捨ててしまうものは
買わなくなった
だから
もう30年以上使っているお気に入りの道具には
百均の木ベラもある
【理想が実現する条件】
今も家は持っていない
ひとり暮らしになったので固定資産はかぎりなく縮小したくて
庭付きの平家から2年前にワンルームの小さな部屋に移った
大家さんの許可を得て
床を張り替え
壁を塗り替え
古木で棚を作り込み
とても気に入った自分の城になった
そして思う
私が欲しかったのはきっと
所有することではなく
自由に楽しめる環境だった
自分の意思で使える時間だった
自分の好みに沿ったモノ選びだった
もっと言うと
裁量権が自分にあること
これが私の望んでいたこと
誰にも気兼ねなく
好きなことを自分のペースでできて
好きなものに囲まれた暮らし
気づくのに
ずいぶん遠回りもしたとおもう
・偶像の理想を経て
・その中から本当に自分が望むものを知り
・それが実感できるくらいの擬似体験をくりかえし
あとは実行するのみなんだけれども
気に入ったものだけに囲まれる
というのは
自分の周囲にいる人たち
家族も含め友人知人、仕事仲間などに関してもいえることで
人付き合いの距離を調整する必要があり
ちゃんと意識していないと
なかなか維持できるものじゃない
人からの意見や感想が邪魔することも多いから
簡単じゃない
だけど
だからこそ価値があると思う
なによりも望むことは何かを自覚して
それを感情的優先順位の上位にあげること
理想が実現するのはそんな条件がそろったときなんだろう