私はむかしから本を読むのが苦手だ。
一部の本を除いて、ほとんどの本が“ただの記号”に見えてイメージが広がらず、苦痛でしか無かった。
一般には本を読むことが善とされていることにも、どこか劣等感や恥だと思ってきた。
(その反面、絵画や映像、音楽はスッと心に入ってくる。
デザイナーという職業はビジョンとセンスの世界なので、或る意味、自身が活かせる場所で有難いと思う。)
歴史や仏教について学びたくて何冊か本を読んでみたけど、直ぐ眠くなるか、さっぱり頭に入ってこない。
映画などでは尺が足りず深くはなかなか学べない。
かといって従来の歴史マンガのようなものは絵がビジュアル的に受け付けない。
そんな中、先日、おかざき真里氏の「阿吽」に出合えた。
全巻を一気に読み、何度も何度も繰り返し読み続けている。
これほどにも美しく、深く、リアルに描かれた作品に出合たことに感動し、有り難くて仕方ない。
残りの命の使い方、これからの道、日々の生き方が今まで以上にはっきりイメージできた。
最澄の「生は苦」だと言う言葉が、ずっと今世を楽しめない自分には腑に落ち救われた。
「楽しむことや幸せになるために人は生きている。」と言われても、どうしても私には違和感があった。
人生は修行であり実践と失敗の連続だと私は思っている。
そして空海の強烈な自身との対話の人生。
人が悟り目覚めるには、底の底まで自身が落ち、とことん自身と向き合うしかない。
真っ暗な絶望の先に希望というひかりが見えてくる。
修行僧ではないにしろ、できるだけ欲や無駄を削ぎ落とした精神と生活を心掛けていきたいと思う。
人は必ず皆死ぬ。
死を意識して生きることが一日一日に感謝でき丁寧に生きれるのだと思う。
例え家族や周りの人と対立していたとしても、そのことを常に思っていれば愛おしくさえ思える。
そんな仏のような心が持てるように少しはなって余生を送りたい。
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