見出し画像

「想像力の使い道―むこう側にいる人たちへ」原田勝さんの講演を聴いて

 昨年から勉強会に参加させてもらっている先生の講演があるというので、代々木まで出かけてきた。日本子どもの本研究会全国大会の記念講演だ。原田勝さんの勉強会には、月2回参加しているのだが、添削や原文解釈ではなくもっと大きな視点で子どもの本にたずさわる同氏の姿勢を確認したいと思い、足を運んだ。
 日本子どもの本研究会の催しに参加するのは初めてだ。会の案内を見てみると、会員の方々は「教員、図書館員、学校司書、保育士、作家、画家、研究者、評論家、地域文庫やおはなし会を実践する読書ボランティアなど」と書いてある。
 原田氏の講演では、まず始めにヨーロッパ、ソヴィエトなどが描かれている世界地図が紹介された。講演のなかで取りあげられる本の舞台となっている場所に印がつけられている。
 最初に紹介された本は、徳間書店から1995年に刊行された『弟の戦争』だ。 物語の主人公はイギリスに住む兄弟で、湾岸戦争が始まった夏に弟が「自分はイラク軍の少年兵だ」と言い始める。湾岸戦争というとわたしたちはペルシャ湾を思い出すかもしれないが、ペルシャ湾のことをアラブの人たちはアラビア湾と呼ぶ。この講演で繰り返し取りあげられた「想像力を使い」「むこう側にいる人たちのことに思いを馳せる」きっかけとなる本の1冊だ。「むこう側」とは人種、民族、国籍、宗教、性別など自分のいる場所から「むこう側」にいる人たちのことだ。「むこう側」にいる人たちを理解する方法として、外国文学があり、外国文学を通して知識を得て、想像力を使い、自分とは違う境遇にいる人たちを理解する。そういうきっかけとなる本を講演の中で同氏は何冊か紹介してくれた。
 2冊目に紹介された本は、『チャンス はてしない戦争をのがれて』(小学館)。絵本作家であるユリ・シュルヴィッツ氏が子どものころに体験した第二次世界大戦を回想している自伝だ。シュルヴィッツ氏はユダヤ人であるため、ドイツがポーランドに侵攻した際に家族と一緒に祖国からソヴィエト連邦へと逃れ、戦後は親戚を頼ってフランスへ行き、その後はイスラエルへ移住。いまはアメリカに渡り絵本を発表している。生死を分けたのは偶然であり、違う社会体制で生きている人はどうなのか、国を転々としながらも自分のルーツを忘れない人たちがいることを知るきっかけとなる本である。原田氏は20代のときに滞在したソヴィエトでの経験を話し、そこに住む人々の温かさに触れ、国と人は違う、とも語った。
 3冊目の本は、『キャパとゲルダ ふたりの戦場カメラマン』(あすなろ書房)だ。ロバート・キャパは、スペイン内戦、第二次世界大戦、ベトナム戦争と活躍した報道写真家。ゲルダ・タローもキャパと行動をともにした報道写真家だが、スペイン内戦での事故で26歳という若さで他界。キャパは第一次インドシナ戦争に従軍した際に地雷を踏んでこの世を去っている。キャパもゲルダもユダヤ人である。この本もまた「むこう側を想像する」きっかけを与えてくれる。
 4冊目は、『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』(あすなろ書房)。この本は、アフリカン・アメリカンに関する本ばかりを扱う書店の話で、格差や差別について教えてくれる1冊だ。日本にも海外ルーツの人が増えている。知識は力になる。外国文学が若い人に教えてくれる力だと原田氏は話す。
 5冊目は、『ぼくは川のように話す』(偕成社)。吃音をもつ男の子の話だ。この本以外にも原田氏の訳書には、吃音をもつ男の子が主人公の『ペーパーボーイ』『コピーボーイ』(共に岩波書店)がある。
 6冊目は、『兄の名は、ジェシカ』(あすなろ書房)。ある日、自慢の兄が口紅を塗り、髪をポニーテールに結びトランスジェンダーであると告白する。体の性と性自認が一致しない兄とその家族の話だ。
 最後に紹介されたのは原田氏の最新刊『クロスオーバー』(岩波書店)。バスケットボールの話なのだが、この本では人種の区別が一切ない。ラップが出てきたり、髪型がドレッドだったりすることでわかりはするが、書かないように努めたとのことだ。
 知識が理解へと繋がる。物語には力がある。物語を通じて、想像力を使い、むこう側にいる人たちを理解する。1時間半の講演だったが、原田氏はそういうことを伝えたかったのではないかと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?