【エッセイ】隠し味は店主のツンデレ
「つくばはラーメン屋が多いんだよ」と嬉しそうに彼は話していた。
私はラーメンが大の好物というわけではないが、ラーメン好きの彼に付き合い、ラーメンを食べることがよくある。
その日は茨城県の筑波市に用があったので、2人で車で向かっていた。予定の前にお昼を食べようと、彼が事前に調べていたお店に、2人で行ってみることにした。
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最近免許を取った私が、「運転練習したい」と言ってしまったばかりに、
信号や右左折のたびにアドバイスをくれる彼と、どんどん不機嫌になる彼女、という当事者でも傍観者でもなるべく避けたい構図が生まれてしまった。
が、安心して欲しい。ラーメン屋を前にすると、そんな不調和音も泡のように消えてしまう。ラーメンマジック。
お店はこじんまりとしていて、外装は至ってシンプル。可愛らしかった。
暖簾をくぐり、扉を開けると、
目の前にカウンター席が並び、そしてカウンターの奥で店主が1人、ラーメンを作っていた。
カウンターは満席で、店主は忙しそうだったので、席が空くまで、外で待つことにした。
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しばらくすると、2人組のお客さんが出てきたので、再び扉を開けて店内を覗いてみると、目の前の席が2つ空いている。すでにお皿も下げられ、テーブルは綺麗に拭かれているようだった。
視線を上げた店主と、目が合った。が、その視線は動き続ける手元にまた戻されてしまった。
これは入っていいのだろうか、まだなのだろうか……少し迷ったが、入ってみた。
無口な店主だった。
『おもてなし』文化にすっかり安心して伸び切っていた私たちは、慣れない塩対応に若干不安になりながら券売機で食券を買った。
食券を店主に渡すと、はい、かしこまりましたと初めて声をかけていただけた。
私たちは席に座ること、ラーメンを頂くことを許されたようだ、ほっとした。
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席につき、立てかけてあったラーメンウォーカーをパラパラと見ながらラーメンを待つ。
コトン、とまたも無言で出てきたラーメンは、ザ・シンプル。
トッピングはピンク色とクリーム色の色違いチャーシューが1枚ずつ、そしてめんまと、ねぎ。
スープは琥珀色に透き通っていて、奥の方は深く澄んだ色だった。まるで透き通った湖を覗いているかのように、ドキドキしながら丼の底を覗いた。
スープを飲んでみると、さーっと、醤油味が口から喉へと流れていく。その奥で、魚介出汁がほんのりと、しかし存在感をしっかり出して香る。爽やかだ。
麺は太め、平たく縮れた麺。一口すすると、ちぢれたひだの隙間にスープが絡まり、なるほど、味は濃くないが、スープと麺をしっかり楽しめる。
優しい。
スープの味が、麺の口当たりが、優しかった。決して、味が薄く、物足りないということではない。
店主のようだ、と思った。
終始無言なのに、威圧感がない。ただ静かにラーメンを作る姿に、優しさが滲んでいた。
ラーメンはガツンとインパクト、大将の汗と湯切りをする太い腕を思わせるような意気込みのある味だと思っていた。
または、工夫に工夫を重ね、こだわりの一杯を自分の知識と照らし合わせながら食べる、おしゃれなラーメンのどちらかしかないと思っていた。
だが、これは全てに当てはまり、全てに当てはまらない。なんとも形容し難い、ジャンル分けできないおいしさがあった。
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奥の家族連れが席をたち、小さな男の子が母に促されたようで、美味しかったです、と可愛らしい声で店主に言った。
すると店主は、ありがとうござましたーと、ほころんだ声を出していた。
そのあとは店内の緊張もなんとなくほぐれ、店主はお客さんが来店するといらっしゃいませー、帰るとありがとうございましたーと、小さく、優しく声を発していた。