人生最大の絶望期

私には将来就きたい仕事が3つあります。


1つ目は小学校の先生。2つ目は特別支援学校の先生。3つ目は通級の職員。


大学の4年間で決めようと思って、小学校と特別支援学校の免許が取れる大学を選びました。


家から90分かかる誰でも入れるような大学です。

高校は偏差値60ちょいある進学校だったこともあり、先生たちからは「なんでだ、もったいない」と言われ続けたけど、オーキャンに行った時の雰囲気が好きだったから受験を決めました。


2022年4月。大学生になれた喜びと大学生活への期待で胸がいっぱいになりながら入学しました。


入学式から友達がたくさんできて最高の大学生活がスタート。教員になりたい人が集まる学科なだけあってみんなフレンドリーで超楽しかった…



でもそれが続いたのは5月まででした。



6月の前半。大学生活に慣れてきた頃、いきなり全てが無理になった。自分でもハッキリとした原因は今でも分からない。

高校に入学した頃も精神状態が不安定な時期があり、「私は新しい環境に慣れるのが苦手」という自覚はあったため最初は無理してでも行けば、行ってるうちにまた平気になると思っていた。

「気持ちの問題」

これが1番嫌いな言葉。
私だって気持ちの問題ってことくらいわかってるんだけど、自分が自分じゃないみたいだし、感情が分からないしコントロール出来ないし実際気持ちの問題じゃない。


とか思いながら何とか大学に行ってたけど、途中から私はなんで頑張ってるんだろうって思い始めた。


大学を2週間休んだ。

休んだというより行けなかった。


なんだ、たった2週間かって思われるかもしれない。でも私にとってこの2週間はすごく長くて苦しい2週間だった。


この時期はなんとなくぼんやり生きてたから記憶は断片的だし、今思い出そうとしてもほとんど思い出せない。


最初は電車に乗ると気分が悪くなって、立っていられなくなる。

次に、気分が悪くなると思い込んでるうちにそれが怖くて駅に行けなくなる。

そして、家から出れなくなる。。




1人では電車に乗ることも出来ず、無理して大学まで行っても気分が悪くて授業を受けられない。


気持ち悪いとかどこかが痛くなる訳じゃなく、ただただ気分が悪かった。なんかフワフワしてて自分の体じゃないみたいな感じ。


これはきっと理解してもらえないって思ったし、理解してもらおうとも思わなかった。



高3の時、先生や親たちにたくさん反対されたけど、「オーキャンですごく惹かれたから」という理由だけで意見を貫いた自分をすごく責めた。

大人の意見を聞いてたらこんなことにならなかったのかなって。



休んでる間、親は共働きなこともあり家にはいなかったけど数十分に1回LINEで連絡をくれた。

両親はいつも通りのLINEを送ってくれてたけど今になって生存確認だったんだなと感じる。


返信する気力もなかった日もあった。
その時は仕事中でも電話をかけてきてくれた。
たくさん心配かけて本当にごめんなさい。


精神科に行こうとして電話をかけてみた。

「診察は早くて2ヶ月後です。」

こんな状態じゃ2ヶ月生きてられないって思いながら電話を切った。精神科を頼るのは辞めた。


毎日泣いてた。身体中の水分のほとんどが涙にもってかれてるんじゃないかってくらい。

もう本当にキツくて正直生きるのを辞めたかった。星になろうと思った。それも1度だけじゃない、何日も思っていた。




そんな日々から抜け出せた理由は大好きなお笑い芸人さんのライブ。



私は若手芸人さんのライブに1人で週に1.2回のペースで行っていた。しかし、精神的に辛くなってからは行ってなかった。


親が気分転換にライブに行きなって声をかけてくれて、1人で電車に乗れない私のために劇場まで送り迎えをしてくれた。


ライブ中、気分が悪くなっちゃうんじゃないかって不安もあったけど最後まで楽しめた。

久しぶりに笑うことが出来た。



その日を境に大学にまた行ってみようと思えるようになった。電車に乗って1人で。

毎日泣いてるけど、まだ私は笑えたから大丈夫だって思えた。


最初は途中で帰ったりしながらだけど大学に行ってるうちに、星になりたいって思うことは気づいたら無くなっていた。


その後は、出席日数もギリギリだったし夏休み前のテストもギリギリだったけど何とか乗り越え、単位も無事に取得し、夏休みを思いっきり楽しんでリフレッシュすることができたので、今はまた楽しい大学生活をおくれています。



あの日、人生のどん底にいた私を笑わせてくれて、前を向かせてくれた1年目の芸人さんへ
本当にありがとうございました。

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