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し んでやろうか
人生最初の明確な目標は、19歳で死ぬ事だった。
20歳までに死にたい。21歳、25歳、29歳、30歳…親に学費分全部返せたら、私を育てるにかかった費用を返せたら……。
明確だったはずの目標は、いつの間にかずるずると引き延ばされて、終いにはとっても曖昧なものに変わっていた。
腕を、カッターで切る
その行為を知ったのは小学校6年生か、5年生の頃で。その頃の私は辛いと左腕を強く噛み着いた歯型のボコボコをなぞっていた。
それから現在の高校2年生に至るまで、何度も何度も腕にカッターを刺せば楽になれる気がしてカッターを手に取った。赤にも近いピンク色のカッター。右手には力が入らなくて、いつも皮をなぞるだけの刃。
腕のひとつ切る勇気の無い私は、包丁を腹に刺して自殺するなんてこと出来やしなかった。
市販薬を、いっぱい飲む
なんとなく、ダメだと知っていた行為の結末を知ったのは中学校1年生の時だった。その頃私は辛いと大判ふせんを1枚手に取り、鉛筆で真っ黒に仕上げていた。
それから現在の高校二年生に至るまで、ドラッグストアの睡眠効果向上コーナー見たり、風邪薬でどれが1番安いかとかを考えたりしていた。両手に収まらない回数風邪薬コーナー見に行ったが、買うことはおろか、手に取ることすら出来なかった。
いくら死にたいと思った日の夕方でも、風邪薬コーナーの前でしゃがんで値札を見ることしかできない私に、ODで自殺するなんて出来やしなかった。
気がついたら知っていた
飛び降り、首吊り、溺れ死。
飛び降りは、景観警備かなんかのために、5階以上の建物を作れない私の街ではできない方法だ。
首吊りはするところがないし、事故物件になる。
親友が事故で溺れ死したからなんとなくやだ。
何かと理由付けて、出来なかった。
ふぐの毒(テトロドトキシン)は、ふぐは釣るだけで手に入れやすいし足跡もつかないから、自然死で処理されるかも。
数学も歴史も英語も出来ないのに、余計な知識だけ着いた高校二年生。
ふぐを釣りに行こうと思ったが、どこで釣れるかも、何で釣るかも分からなければ、釣るものを買うお金も無かった。
釣る気力すらなかった。
最初の自殺予定年齢まであと一年を切った。
公共の授業中、先生が9.11の話をする昼下がり。みんな眠るか、数学とかほかの教科を勉強してる中、私は「もしこの教室に、不審者が来てクラス全員惨殺される事件が起きたら」を想像していた。
自分の手により自分を殺せないなら、だれかが私を殺してくれればいいと思う。そしたら、殺された私はいくら死にたいと思っていたとしても、誰からも非難されず指を指されず、「可哀想な女の子」としてこの世を去れる。
ダスダスダス
不審者は、書道室の前にある奥まった私達の教室に目を付け、少しがに股で、ペラペラの靴が空気をペチペチと鳴らしながら音を立てて歩いてくる。
ガラララ
教室の引き戸を思いっきりあける。
もちろん黒板側の。まずは自分の入ってきた引き戸を誰も出られない、入れないように破壊してから一言。
「お前らは人質だ!手を上げろ!」
クラスの女子は声にならない悲鳴をあげて泣き、寝ていた男子も飛び起きて、さっきまで微睡んでいたクラス全体が凍ったような空気になる。
私はここで、iPadで録音をする。前の子でも、誰でも近くの子のiPadでバレないように動画を回す。
私の学校は、生徒に1台iPadが支給されていて、みんな授業中は机の上に置いてあるので、1台や2台起動してたところでなーんも支障ないはず。
ガンッ
もちろん後ろ側のドアも破壊。これでもう、誰も逃げられない。不審者は、拳銃を持っていて、ガタイが良くて、拳で殴られただけでもきっと心臓が止まる。
「貴方は誰なんですか!今すぐここを…」
と、言っていた公共の先生は、不審者の発砲した弾が見事に額にヒットし、お亡くなり。別に私は公共の先生に恨みなんてないよ?明日範囲がとても多いテストがあるけど。
「お前らも一言でも喋ったらこうなるからなァ」
男は見せしめに、教壇に倒れた先生の髪をわしゃっと掴んで私たちに見せつける。クラスの女子は口を抑えヒューヒュー言いながら静かに泣き、隣の男子の心音は私にまで聞こえるような気がした。
「警察だー、大人しく生徒達を離せ!」
時はすぎ、誰かが異変に気がついて警察に通報し、やっと到着した。窓側の席の私は不審者に嫌われない程度に窓の外を眺める。沢山のパトカーと人が下にいるけど、ここは4階。それに山の上にあるような校舎だから、下は坂で地面にマットなんて置いたって、きっと降りては逃げられないだろう。
「あぁ?ポリ公が喋ったな?」
そう言って不審者は窓ガラスを破壊。
1番前の、窓ガラス側にいた席の人を掴んで、投げ落とす。
別に、私はその子に恨みなんてないよ?
文化祭のクラス劇で、ステージ上で私にラップさせたことは一生忘れないけど。
そんな感じで、誰かが何かをする度に一人一人、顔と名前と少しの性格を知っている人間らが死んでいく。
目の前で、残酷に。
私は、スカートのポケットに、スマホ学生証をハンカチやポケットティッシュでグルグル巻いて、それを突っ込む。これなら4階から落ちても、ある程度は無事でいてくれるはず。私の相棒!スマホとスマホケースの間には、不審者にバレないように書いたメモを挟む。スマホのパスワードと、学校のiPadのパスワードと、その他諸々大事なことを書いて、最後にお父さんとお母さんへメッセージ。
「これまで育ててくれて、ありがとう」
なんて感動的。
私はくまのゆるキャラ(オリジナル)を描くのが得意で小さい頃から私のトレンドマークだから、最後にはその子を添えておく。きっとこれは、ドキュメンタリーにしやすいネタだぞ。
一人一人、減っていく教室で、遂に私の高校でやっと出来た唯一心を許せる友達の番が来た。その子は泣き腫らした目だけど、今は涙は流れてなくて、どこか諦めたような、落ち着いたような気さえ感じた。文化祭でクラスのある男子から好意を持たれてるんじゃないかと騒いだ日々は忘れません。あの男子は、本当にあなたの事が好きなのか答え合わせできてないなんて、なんて悔しい。
さようなら、だいすきな……
これが、夢であれと私は願う。
不審者に嫌われないように、静かに。
まあ、私の妄想なんだけど。妄想なんだけど、心臓は痛く手は震えていた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴って、我に返る。
妄想の世界から、ただいま。
妄想なのに、死ぬ事が怖い私に自殺なんてできるわけもなければ、こんなにドラマみたいな事件なんて起きるわけ無かった。
最初の自殺予定年齢まで、あと1年を切った
私はまだ、何もしてない。人間失格も読んでなければ、走れメロスだって1部しか知らない。最近の盛り上がってるUSJにも行ったことないし、逆上がりだってできたことない。お菓子作りが大好きだけど、マカロンとスポンジケーキに挑戦したこともない。
まだ、やりたいことも、やらなきゃいけないことも沢山ある。きっと、それをわかっていてもまた妄想の世界でクラスメイトを惨殺するかもしれないし、ピンク色のカッターを取り出して肌を撫でることも、薬局の風邪薬の値段を眺めたりすることだってあるだろう。
まだ、死ぬのが怖い。
死ぬのが怖いうちに、
死ぬのが怖いうちに生きようと思う。