アパレル店員時代、お客様は第二の母ちゃんだった
「アンタちゃんとご飯食べてんの?また痩せたんじゃないの?」
「変なものばっかり食べてると、また身体壊すからな~知らねえぞ~」
実の母親からのセリフのようにも聞こえるが、これは私がアパレルで働いていたときの、大変お世話になった顧客様からの言葉である。
ちなみに、この“痩せた”というワードに「ホンマでっか?!!」と嬉しさで飛びあがったが、過労とストレスで爆食に走り余裕で2キロ太ったばかりだった。
どちらかというと“やつれた”が正しかったみたいです、姉さん。
私は元アパレル店員だ。
これといって秀でたものも華もない店員だったが、本当にたくさんのお客様とスタッフに支えられて、長い間働かせてもらうことができた。
なかでも、二人の顧客様にはかなりお世話になった。この二人の名前の頭文字をとって、「MM姉さんズ」として紹介させていただく。
MM姉さんズには、アパレル店員としてはもちろん、人として大切なことも数えきれないほど教えてもらった。
退職前の最後の出勤の日は、もうお店で会えないのが寂しくて仕方なくて、涙をこらえるので必死だったのを覚えている。
そんな姉さんたちだが、この二人は情の厚さに加えて、癖も圧もかなり強い。任侠み……ではなく、義理人情みにあふれた強烈な名言もたくさん残している。
新作はないかと言われてベージュのトップスをお見せしたら「ラクダの肌着」と言われたり、
カーキのオーバーオールをご試着してもらったとき、シャッ!とカーテンを開け現れたM姉さんの姿を見て「漁港のオヤジじゃねえか!!」と、もう一方のM姉さんが膝から崩れ落ちてフィッティングルームの前で爆笑していたり、
グリーンのボトムに、真っ白なブラウスを着た私を見て「お前今日、ネギみてぇだな」と言い放ったこともある。
どちらかが体調不良になると「あいつは今くたばってる」という報告もいただいていた。
数えきれないほどの暴言、いえ間違えました、名言を残していった。
そして私含め他のスタッフたちは、MM姉さんズには恋愛相談をよく聞いてもらっていた。
何故かは分からないのだが、私が働いていた店舗には「ダメ男ホイホイ」なスタッフが勢揃いしていたのだ。
そんな私たちをMM姉さんたちは母のように厳しく、時に厳しく、そしてやっぱり厳しく、ダメ男もろともものすごい勢いでぶった切っていく。
言葉の殺傷力の高さはかなりのものだが、母のような存在であったMM姉さんズの言葉は、私たちの救いでもあった。
自慢にならないが、私は店の中でも1位2位を争うダメ男ハンターだった過去がある。彼氏ができては調子にのり、フラれては泣いてを懲りずに繰り返していた。
もちろん、MM姉さんたちには全てお見通し。
店頭に立つときは絶対負のオーラは出さないように気をつけていたつもりだったのだが、私が分かりやすすぎるのか、それともMM姉さんズが鋭すぎるのか、真相はいまだ闇の中だ。
とにかく、上手くいっていないときはすぐバレた。普段一緒にいるスタッフにもバレなかったことも、姉さんたちには隠すことができなかった。
そんな私を見かねてか、MM姉さんズからこんな金言を受けとったことがある。
「あのよ、この世にいい男なんかいねえけど、性根が腐ってねえ奴ならいるんだよ。だから、そういう奴を見つけてお前がいい男に育てんの。それを見極めるために徳を積めっつってんの。」
当時の私は、この言葉がかなり目から鱗だった。
どこかに「白馬に乗った王子様」がいるはずと思っていたのだ。
「な、なるほど…!!」
「誠実でいるんだよ。まあ、今のお前のままコツコツやってりゃいいんじゃねぇの」
MM姉さんたちの言葉は、いつだって湯が沸かせそうなくらいの、熱い愛情でいっぱいだった。
この言葉は、今でも私の宝物だ。
ふと、考える。
私は姉さんたちのような、強くてあったかい母ちゃんになれるかな。
やさしいぬるま湯だけじゃなくて、ちょっと熱いけど身体の芯まで温まるような、そんな言葉をかけられる人に私もなりたい。