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大野駅に行ってみたい

福島の震災からだいぶ時間がたった今、僕は震災を実感した。

僕は近いうちに福島県にある大野駅という駅に行ってみようと思い、大野駅について調べてみた。

地元から大野駅までは電車で約6時間揺られると着くことが分かった。

日帰りではいけない距離だったので、大野駅に着いたらどこかの旅館に一泊してから帰路につこうと思い、大野駅の近くにある旅館をネットで調べてみた。

検索を始めて数分、旅館らしい旅館が出てこない。

それもそのはず、この大野駅の近隣は東日本大震災で津波と原発の被害に遭い、昔ながらの趣のある建物を有する旅館などは一切亡くなってしまった地域なんのだ。

震災から13年、僕は初めて震災を実感した。

ネットには旅館らしい旅館は検索されず、その代わり仮設住宅を転用したであろう2階建ての四角い不格好なビジネスホテルばかりがネットの海から引っ掛かって来た。

この不格好なビジネスホテルが建っているこの土地だって、元々はちゃんとしたホテルや旅館、もしかしたら地元の人々が住んでいた住宅街だったのかも知れない。

それらの建物群は今なく、その土地はビジネスホテルとして再出発したのだろう。

大野駅に降りた後に泊まろうと予定していた趣のある旅館というのはそもそも存在せず、津波で流されていたという事実を突きつけられ、やっと僕は震災を体験することとなった。

震災の時、僕は高校2年生だった。
高校2年生であればある程度世間に対して分別のつく年頃であり、当時日本がどれほど大変な災害に見舞われたのかはテレビから嫌というほど見聞きしてきた。

でも、現実はもっと残酷だった。

旅先で一泊 旅館に泊まろうと言う当たり前が出来なくなる。
これが災害なのかと、僕はやっと理解した。

結局僕の中で災害は他人事だったのだろう。
こうして自分に災害と関わりを持たないと災害を理解出来ない。
幾らテレビやネットで災害情報を調べて見聞きしても、それはただの情報でしか無く、肌感覚で分かる実感は画面からは得られていなかったのだ。

大野駅には行ってみたい。
その気持ちは今も変わらない。

でも、僕は大野駅に降りた時、震災の傷跡を見て平静を保てるだろうか。
保つ必要も無いかも知れない。
多くの人が亡くなり、数えきれない程の人々が心に深く傷を負った地で、平静を保つ努力より、その時の悲劇に心を寄せて、少しでも福島の復興が進む様に僕の心に何かを刻めれば良いと、今は思います。

近いうちに大野駅に行ってみて、その時の感想も、noteにしたためてみようと思います。

ではでは、その時まで。

大野駅になぜ行ってみたいのかは是非この記事を読んでみて下さい。


TBSラジオの月曜日深夜1時から放送されている伊集院光深夜の馬鹿力で、以前、伊集院さんが中学時代に、伊集院さんの地元の駅、尾久駅で使用済みの切手を集めるのが好きだった古谷くんという同級生とのお話を紹介した文章です。


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