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ジビエ鹿革半纏(見立文覚宗三郎滝行図)

皆様こんにちは。
酷使し過ぎた体のメンテナンスの為に鍼灸に行こうと思ったんですが、この酷暑の中を外出するとせっかくのメンテナンスもプラマイ0になりそうなので諦めました。
その代わりにこの記事を書くことにしました。

約一ヶ月に渡り制作した革半纏の製作工程〜完成図を画像で綴りたいと思います。


製図〜下絵

先ずはパターンメイキングから。
山程調べて集めた資料を元に下絵製作。
後ろ身頃の下絵。
前身頃の下絵。
大紋と襟文字の下絵(下の蜘蛛の巣はボツ)。

染色工程


使う革は特注の広島ジビエ鹿革(タンニン鞣し)
下絵を表側の吟面ではなく裏側の床面にトレースし。
先ずは黒を原液のまま筆に含む染料の量を調整しながら暈して染めます。
黒を染め終えた所です。
グレー系を染めたら次は青系へ。
濃い色から薄い色へ数段階に分けて染めます。
調色してトーンを調整し、水で薄めて濃度を調整します。
青系を終えた所です。
次は茶系へ。
背景以外を染め終えた所です。
背景を染めて床面の染色工程終了です。
途中痛恨のトラブルで撮る余裕もありませんでしたが、何気に最難関だった吟面の柿渋染を終えた所です。

縫製工程

各パーツ適切に漉き加工をした後、縫製工程です。
先ずは肩線から。
続いて袖付け。
縫い代処理は縫い代を縫い代で包む折伏せで。
それから脇線を縫い。
更に漉いて。
同様に折伏せ処理。
裾、袖口は三つ折りしてまつり縫い。
襟は中心で縫い合わせて縫い代を割り、外周の縫い代を漉いて芯材を貼り合わせます。
見頃に襟を縫い付けて
最後は裏側をまつり縫いで縫い閉じて。

完成です。

ジビエ鹿革半纏完成

表側前面。
表側背面。
襟文字。
裏側前面。
裏側背面。
宗三郎。
噺家。
見立文覚宗三郎滝行図。
王頭の虎。
月見兎。
袖口表側。
袖口裏側。
裾表側。
裾裏側。

解説

では無粋ですが長々と解説に移りたいと思います。

30歳で日本の文化を体現したくなり茶道を始め落語や講談、浪曲、歌舞伎に人形浄瑠璃等々を嗜み始め、江戸〜明治期の文化にハマり10年が経ちました。
やがてその時期の日本の革製品にも着目し、実物もコレクションし始めてデザインや技法を取り入れる事も始めました。
そして5、6年前に革半纏の存在を知り、これも沢山の資料を手に入れ、遂に実物も手に入れていつか自分なりに作ってみたいなぁと思いました。

普通の半纏は表側に紋等を染め抜きにしてありますが、刺し子の半纏には裏側に絵付け、染め付けしてあるモノがあります。
革半纏の多くは燻し、または藍染めで紋を染め抜いてあるモノが多いです。
そこで、裏側に絵付けしてある刺し子半纏を革で表現出来たら面白いのでは、と思い付きました。
実現出来れば類を見ないモノになるだろうと。

と思い付いてから数年間アイデアを熟成させて今日に至りました。
先ずは形ですが、自分が着ることを想定しています。
邪魔にならない短めの着丈(そもそもジビエ革の大きさにより限界有り)袖も邪魔にならない鉄砲袖(鉄砲袖の革半纏は見たことありません)襟は僅かだけ幅広にし文字の存在感を高めて、伝統的な仕立てに合わせて裏地は無しにし1枚革で製作しました。
袖は太すぎると袖口が引っ掛かり邪魔になり、細すぎると動き難くなるので程の良さを狙いました。

仕立ては和裁の技法も取り入れてます。
肩、袖、脇の地縫いはシニュー糸を使って従来通り針を2本使うサドルステッチで縫っておりますが、縫い代は見栄え良く折り伏せで処理しております。
袖口、裾、襟裏は針一本のまつり縫いで処理しました。
この際、表面には一切影響の出ないように革の繊維のみを掬って縫っております。(画像参照)

肝心の図柄ですが、元は世話講談から始まった落語の演目「宗珉の滝」を題材にしました。
江戸中期の腰元彫り(彫金)の名人で町彫りの創始者、横谷宗珉の弟子であり主人公でもある宗三郎が師匠に勘当された後、紆余曲折(ここが面白い所)あり21日断食し滝に打たれ命を懸けで賭した仕事が紀州のお殿様のお眼鏡に叶い二代目横谷宗珉となる噺です。
横谷宗珉は実在の人物ですが宗三郎は架空の人物、ノンフィクションを元にしたフィクションだと思われます。

噺の中で紀州のお殿様は、文覚上人が滝行をしている小柄を手に入れたので、それに合うように那智の滝を刀の鍔に彫って欲しいと宗三郎に依頼しました。
なので背中の図案は実在する横谷宗珉の刀の鍔の形を模し、断食し滝行をした宗三郎を那智の滝で滝行をした文覚上人に見立ててデザインしました。
デザインの中で宗三郎が咥えているモノは彫金に使う鏨であり、元結は解けてザンバラ髪に、髭も月代も伸びてしまい、唇青ざめて紫色になり、鬼気迫る宗三郎をイメージして描きました。
服装、年格好は特に噺の中で言及はされていないので、ここはリアルではありません。
両手で九字の臨を結んでいるのはこれも言及はありませんが、文覚=真言=九字=滝行という想像と見栄えで臨としました。
噺の終盤でお殿様が宗三郎を名人だと認める際、刀の鍔に彫られた滝の飛沫で紙が濡れた、とあるので、刀の鍔の枠から滝がはみ出ているようにデザインしました。
右上に講釈師でなく噺家を描いたのは、私が落語版の影響を強く受けているからです。

前身頃のデザインですが、これは噺の中で宗三郎のパトロン的存在で噺の最重要人物である岩佐屋に宗三郎が腕を調べる為や腕を上げる為に見せたのが虎と兎の彫り物なので、それをイメージし河鍋暁斎、円山応挙、長沢芦雪、等々をごちゃ混ぜにして描きました。

表面の紋ですが、襟文字も大紋も良くある寄席文字のような書体では面白くないと思い、草書体、くずし字をベースに寄席文字、髭文字の要素を混ぜて描いてみました。

襟文字は芸州と志ん公と書いてあり、大紋は革、腰はサイコロの目が9で革賽九(革細工)の語呂合わせです。
サイコロが片方傾いているのは左右対称を崩す為で、その考え方は小山観翁さんの「粋と野暮」を参考にしています。

床面への細かい染色は初挑戦でしたが、床面の状態によって染料の滲みが変わり、この滲みによる染め付き方が染料の種類によって全然違うことが難儀でした。
それよりもその影響が吟面にも及び、その後の作業が思うように進まず3日間もロスしてしまった事によって、残り3日で仕立てなくてはならなくなった事が最も大変でした。

地の底まで落ち込んで気合いで這い上がり本当に艱難辛苦な思いをして仕上げましたが、大急ぎで仕立てたモノは大急ぎで仕立てたなりの仕上がりにしかなりませんでした。
ここが一番悔やまれる所ですが、運命に天命、それが今の私の実力なのでしょう。

宗三郎の了見に近付く為、製作中に5日半程断食もしました。(自身のライブがあった為やむを得ず中断)
最後は数日間連続で工房に22時間近くこもって作業していました。
この一ヶ月を乗り越えて自分はもっと良いモノが作れる、と確信を得れただけ良かったなぁと思える製作でした。

革半纏製作、床面への細かい染色、折り伏せとまつり縫い、染め抜き、これらは初挑戦でしたが、もっともっと精度は上げれるなぁと。
伸び代は自力で拵えます。
無事に完成し発送を終えて後は野となれ山となれ、です!

あ、題材とした宗珉の滝ですが、古今亭志ん朝バージョンが一番好きです。

抜け殻のようになりたい所ですが、後が詰まっておりますので次の仕事に取り掛かります。
それでは皆様また会う日まで!

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北崎厚志

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chelsea / 革職人
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