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漁師が挑む、京都・阿蘇海ハマグリ復活への道
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京都・天橋立の西に広がる阿蘇海。ここでは、地域の漁師たちが協力し、ハマグリ資源の回復に取り組んでいます。
20年ほど前まで、この海では1日数百個ものハマグリが獲れていました。しかし、近年は漁獲量が激減し、一時は1日数十個にまで落ち込む事態に。そこで地域の漁師たちは、「このままではハマグリが消えてしまう」と危機感を共有し、資源管理に向けた取り組みを開始しました。
地域が主体となって始まった「京都・阿蘇海ハマグリ復活プロジェクト」。プロジェクトの主要メンバーでもある、28歳の若き漁師村上純矢さんをゲストに、資源管理の成功事例を学ぶ勉強会を開催しました。
村上さんの生まれ故郷 京都・阿蘇海とは
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阿蘇海は、海という名前ながら実は汽水湖。塩分濃度が低く、かつてはハマグリ以外にもアサリやオオノガイといった二枚貝が獲れていた地です。しかし、村上さんが漁師になった頃には既に、アサリの数は大きく減少し、オオノガイに至ってはほとんど獲れていないという状況だったといいます。
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二枚貝の最後の砦、ハマグリだけは何としても守りたい
「2002年、僕が6歳のときには、1人1日250~350個もハマグリが獲れていました。でも、2018年には数十個まで激減。漁師になったはいいものの、絶望的な状況に衝撃を受けました。」
幼少期から、阿蘇海の漁業を見てきた村上さんにとって、漁師として直面した阿蘇海の状況はかなり悲惨なものでした。アサリやオオノガイなど、主要な二枚貝がわずか十数年でほぼ絶滅に追い込まれていました。そんな中、地域の漁師たちには「二枚貝の最後砦、ハマグリは何としても守りたい」という思いが募り、「京都・阿蘇海ハマグリ復活プロジェクト」が始動します。
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漁師も知らなかったハマグリの生態を知る
「資源管理を始めるために、まずはハマグリのことを知る必要がありました。」
日常的にハマグリを獲ってきた漁師でさえ、「産卵期はいつなのか」「何センチ・何歳になったら、産卵するのか」「ハマグリの寿命は何年なのか」といった、基本的な生態を知らなかったといいます。
そこで、まずは京都府漁協溝尻地区の運営委員会に働きかけ、ハマグリの生態を基礎から学ぶ勉強会をスタートしました。
2018年までは、「殻長5㎝以下は漁獲しない」という制限以外は、漁獲の数量も時間も時期も規則がなかったという阿蘇海のハマグリ漁。2019~2020年の禁漁を経て、2021年からは、漁獲数量・時間・漁期に以下のような規制が加えられました。
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これらの規制のために行われた資源管理法が「DeLury法」と呼ばれるものです。
DeLury法とは、移出入のない資源の漁獲量と努力量データから、努力あたり漁獲量の減少傾向を利用して資源量と漁具能率を推定する方法(松宮, 1999, p281)です。
少し難しいので、村上さんは「ビー玉つかみ」を例に説明してくれました。
テーブルの上に100個のビー玉があるとします。目をつぶった状態で、手でビー玉をつかんで取り、隣のテーブルに移動させるとします。最初の1分間で5回つかみ(≒努力量)、計20個(≒漁獲量)取れたとします。その後、再び同じことを繰り返すと、次は15個、次は10個と、取れる数が減っていきます。この減り方をもとに、最初にテーブルにあったビー玉の数を逆算するのがDeLury法の考え方です。
これを、ハマグリ漁に置き換えると、
漁師が1時間で獲ったハマグリの平均個数を時間経過とともに記録していきます。最初は1時間で50個獲れたのに、翌日や翌週には40個、30個と減少していきます。この「減少のペース」から、最初にその場所にいたハマグリの総数を推定できるということです。
この方法を使って、「推定した資源量に対して30~40%を漁獲した時点で漁期を終了する」という規則も生まれました。
針一本、紙一枚から始まるハマグリの資源管理
多くの関係者を巻き込み、着実に資源管理への一歩を踏み出した、阿蘇海のハマグリ漁ですが、その手法はこれまでに学んできたものとは一味違い、意外にもアナログなものでした。
資源量の推定に加え、漁獲したハマグリの生態を記録するのに、用いられているのが、「パンチングシート」です。
多くの関係者を巻き込み、着実に資源管理への一歩を踏み出した、阿蘇海のハマグリ漁ですが、その手法はこれまでに学んできたものとは一味違い、意外にもアナログなものでした。
資源量の推定に加え、漁獲したハマグリの生態を記録するのに、用いられているのが、「パンチングシート」です。
漁獲したハマグリは、1つ1つ、パンチングシートの上に置き、千枚通しで穴を開けることでサイズや獲れた場所等を記録していきます。
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「この記録をやり始めて3年経ちますが、グラフがだいたいできてきて、推移も見え始めました。例えば5センチが多い2021年だったら、2022年は6センチが多くなるというように。かなり手間がかかる作業に思えますが、ハマグリを獲る漁業者の人数が少ない、この地域だからこそ、実施できた資源管理でもあります。このパンチングシートができることによって、資源管理というものが、かなり進んだんじゃないかと思っています。」
これまでに見てきた、大規模な資源管理も、元を辿れば1つ1つの個別データの積み重ねから。地域単位だからこそできる、資源管理の形をまたひとつ知ることができました。
データと信頼を積み重ねる資源管理の道のり
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「資源管理を進める上で、漁師さんたちからの反発はなかったんですか?」
ここで、その場に参加していたシェフから疑問の声が上がります。
ハマグリの資源が劇的に減っていたとはいえ、わずか数年で禁漁、データ採取、漁獲制限と、これまでの漁と大きく形を変えた、阿蘇海のハマグリ漁。
漁師の皆さんの中に漠然とあった「ハマグリが減っている」という実感に、データがリアリティを示したことに加え、唯一の若手漁師である村上さんの「ハマグリを守りたい」という切実な思いが伝わったことが、資源管理を進める大きな一助となったといいます。
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関係人口が危機感を共有することで、進んできたハマグリ再生プロジェクト。
データの積み重ねだけでなく、地域の皆さんのハマグリへの熱い思いが、資源管理を可能にした、大きな理由なのでしょう。
資源管理から流通改革へ ~ 漁師たちが挑んだ「次のステップ」~
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「資源管理として、進められることはできたと思う反面、ハマグリ漁を未来に繋ぐためには、もう一歩先へ進めないといけないと感じていました。」
沿岸での資源管理に加えて取り組んでいるのが、流通改革です。
漁獲同様、当初は出荷にも規制がほとんどありませんでしたが、月・水・金の週3日を出荷日に定め、安定した供給を実現しています。
また、出荷時の「袋詰め」にも改善を加えました。それまでは1キロ単位の袋で出荷していたのですが、小さいハマグリを詰めることも多く、飲食店側が使いづらいという声がありました。そこで、1キロちょうどという基準から、約1キロという基準に変更し、総重量よりも、1個当たりの重量をそろえることとし、飲食店が扱いやすいサイズで出荷する体制を整えたのです。
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地域の漁師が主体となって進んだ、資源管理と流通改革。
自治体や研究者、消費者や飲食店、仲買業者といった多くの人々を巻き込みながら、これからも、「京都・阿蘇海ハマグリ復活プロジェクト」は続いていくのだと思います。
この取り組みが他地域のモデルケースとして広がっていくよう、私たちも願っています。村上さん、貴重なお話をありがとうございました。
[参考文献]
松宮義晴(1999).「水産資源学における赤池情報量規準の適用」『統計数理』 47巻 , 2号, pp281