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モンテベルデの農場で食べたトゥリアルバチーズ
皆さんは虹の麓を見たことがあるだろうか。私は人生で二度ある。
一度目は幼少期住んでいたケニアで、雨季のある朝にスクールバスの窓から見た。二度目は大学3年生の時に旅行で行ったコスタリカのモンテベルデで、農場を訪れるタクシーの中から見た。思ってみれば、ナイロビもモンテベルデも大地が広がっているし、雨季のケニアとモンテベルデの朝は、条件が似ているのかも知れない。
今回紹介したいチーズは、虹の麓を見ながら向かった農場で食べたコスタリカの牛チーズ、トゥリアルバチーズ(Turrialba cheese)である。まずはこのチーズを食べることになった経緯について。
私は米国留学中、Agroecologyというコンセプトを知り、その活動が活発なラテンアメリカの農業政策に興味を持った。
Agroecologyとは、農業(Agro)と生態学(Ecology )を掛け合わせて、農業生態学という意味であるが、農業に生態学のコンセプトを活用することで、持続可能な方法で農業を行うことを目的とした社会運動のことを指すこともある。ここで言う「持続可能」と言うのは、自然資源や生物多様性の維持だけでなく、農家の生活の質、食料主権(food sovereignty)や、先住民族の伝統的な農業方式など、社会的な持続可能性も同時に指しているのが、agroecologyの興味深いところでもある。ラテンアメリカでは特に、多くの先住民コミュニティや小規模農家が独自の農業に関する知識や種苗を継承しているため、政府が政策を通してその保全を補助している国もある。また、途上国の貧困者の78%が農村地域に居住しており、世界農業人口約5億7千万人中、約5億人が小規模農家であることも、Agroecologyが貧困緩和において重要なトピックであることを表している。
実際に自分の目でラテンアメリカの農業を見てみたいと思い、コスタリカ、キューバ、グアテマラに旅行に行った際、それぞれの国の農地を見に行った。とは言っても、私は農業の専門家でも特別なネットワークがあるわけでもないのでAirbnbで「農業体験」とか何かを検索して、良さそうなところを訪れた。
コスタリカ首都のサンホゼに2日ほど泊まり観光をした後、バスでモンテベルデに向かった。昼頃にバスに乗り、モンテベルデに到着したのは外がすっかり暗くなった後のことであった。宿に到着した時には真っ暗の山の真ん中に安っぽいネオンのサインがチカチカとしていてスリラー映画のワンシーンのようであった。シャワーは他の旅行者と共有。私も友人も車酔いと旅の疲れでぐったりしていたので、シャワーは翌朝入ることにして、持参していたウェットワイプで体を拭いてすぐに寝た。
翌朝目を覚ますと、シトシトと雨の音がしていた。今日の農場訪問は中止か…と思いながらカーテンを開くと、雲霧林の幻想的な景色が広がっていた。雨の粒は霧のように細かく、あたりを包み込んでいる。
予約していた農家の人に連絡してみると、モンテベルデの朝は常に霧に包まれているが、昼間には大抵晴れるのでツアーは続行できるとのこと。彼(ホセさん)が言った通り、タクシーが到着した頃には霧が晴れてきていた。
ホセさんの農場は宿からタクシーで30分ほど、幾つかの丘を超えた先にある。虹の麓が見えたのはその道中の話である。
そこには広い丘の上にトタン屋根の小屋が建っているだけで、農場と聞いて想像していた畑や牛小屋は見当たらなかった。ただ丘が広がっていて虹が架かっている。少し待っていると、ホセさんとホセさんのお母さんが出迎えてくれた。ホセさん達にとって虹は日常の風景となっているそうで、私と友人が感動を伝えると笑われてしまった。虹を作る霧のような雨が、この土地を農業に適した環境にしているらしい。
まずは牛を放し飼いにしている丘を見に行った。コスタリカでは小規模農家に対する助成金があるため農場の広さはその規定に合わせているらしい。日本で牛の放牧というと何もない平原に牛が飼われている印象があったが、ホセさんの農場では傾斜があり林のようになっている丘に牛が飼われていた。丘で野生の牛がのんびり過ごしているのを見に来たかのような情景だった。この環境で育つ牛はさぞ幸せだろう。そしてその牛のミルクときたら美味しいに決まっている。
他にも、唐辛子やハーブを混ぜて作った自然の農薬を使用した畑や鶏小屋を見せていただいた。そしてツアーが終わり小屋に戻ると、ホセさんのお母さんが待っていて、少し料金を払えば農場の食物を使ってコスタリカ料理教室をしてくださるとのこと。もちろんそのお誘いを受けて、コスタリカ料理教室が始まった。
先ほど絞った牛乳に「魔法の液」(おそらくお酢のようなものだが、スペイン語で分からなかった)と塩を入れて、かき混ぜる。それを20分ほど放置させる間にトルティーヤを作る。
トウモロコシの粉に水と塩を入れて混ぜた後、生地でボールを作り、プラスチックのシートで挟んで上から鍋で潰したあと、指で伸ばすなどして形を整えるのがお母さん流らしい。それを油をしかないホットプレートで焼いた。トルティーヤができた頃には、魔法の液を混ぜた牛乳はプリンのようになっており、それを布で濾す。
最初は液状のままだが、何度も濾していくうちにボール状に丸められるくらいの硬さになった。この工程を動画で取らせていただいていたのだが、ホセママさんが少し照れながら満面の笑顔で、シンプルなスペイン語を使って説明してくれる姿が愛らしくて見るたびにニヤニヤしてしまう。
トルティーヤ、チーズの他に、サラダ、ピクルス、事前に作っていただいていたラテンアメリカ定番の豆シチューと、豚の炒めたもの(確か)、そして甘じょっぱいレモネードもテーブルに並べられた。
このチーズの食べ方はというと、スライスして、トルティーヤで挟んで食べる。豆腐のような見た目なので味が薄いのではないかと思ったが、トルティーヤにもチーズにもしっかり塩味がついているので丁度良い。濃厚な牛乳をそのまま食べているかのような、幸せな気持ちになる味だった。ホセさんと、ホセさんのお母さんと、みんなで農場の景色を見ながら食べたのがさらにご飯の味を美味しくさせた。
モンテベルデ最終夜に、地元のレストランで同じようなメニューの食事を食べた。ここでもトゥリアルバチーズが出されたが、味も舌触りもまるで違っていた。クオリティも違うのかも知れないが、やはり食べ物は育った場所で調理した人と一緒に食べるのが一番美味しいのだと思う。
春のベルギーで自宅の窓から虹を見て、あの農場で食べたトゥリアルバチーズの味を思い出しこのブログを書いている。ホセさん達は元気にしているだろうか。