頭脳は訓練によって強くなる 合理性や効率性だけじゃないよ
自分は頭が良くないし、これは生まれつきだと思っている人は結構多いよね。
大体、頭のいい人というのは、数学と英語がよくできる人だからね。
こういうのを受験エリートと言うんだよね。
そして、そういう人は、いい大学に入って、有名企業や金融系の会社に就職したりするからね。
そこまでいくと、頭がいいから成功したんだと考えがちだし、頭が悪いと成功もできないと自分に言い聞かせてしまうよね。
だけど、こういう頭の良い人たちが、今すごくつまずいてるんだよ。
日本社会のリーダーになってはいるんだけど、国を動かしているつもりで、日本は全然良くなってないからね。
そこで思うんだけれども、このタイプのリーダーでは、もう通用しない時代に入ってきている感じがするんだよ。
頭の回転が早いとか、合理的で効率的なやり方がすぐに考え出せるとか、そういうタイプの頭の良さなんだよね。
これは市場原理主義とか、グローバル化に適合した頭の良さではあるんだけれども、その結果、日本はデフレになったり、平均給与の水準が下がりっぱなしになったり、行き詰まりが打開できないんだよ。
そこで別の種類の頭の良さというか、強さというのが必要な時代だと思うんだよ。
それは数学的な頭の良さというよりは、人文科学的な頭の良さじゃないかと思うんだよね。
簡単に言うと、歴史に強いというのも一種の頭脳の強さになると思うんだよ。
ロシアのプーチンさんがその典型じゃないかね。
ウクライナがロシアの一部であるということを、歴史的に1時間でも2時間でも滔滔としゃべるからね。
そしてウクライナのリーダーがネオナチであるということについても絶対に説を曲げないし、何時間でも主張し続けるところがすごいよね。
こうした歴史意識というのは、一朝一夕では作れないからね。
膨大な歴史文献を読みこなしていって、自分の中で歴史感覚を高めていかないといけないしね。
そんな頭の強さというのは、小説家で言えば、司馬遼太郎さんなんかはその典型だろうね。
外語大学のモンゴル語学科を出てから、産経新聞の記者になって京都支局に赴任して、お寺回りをしているタイプの人だからね。
暇を持て余して、仕事の合間にいろんな歴史書を読んでいるうちに、小説家になったということなんだろうね。
燃えよ剣とか、竜馬が行くとか、司馬史観というのは、自虐史観を撃退する力になったし、坂の上の雲なんていう小説も、戦後民主主義を批判する拠り所になったしね。
だけど、この司馬遼太郎さんにもカバーできてないところはあるよ。
司馬遼太郎さんの考えというのは、やっぱり長州藩贔屓だからね。
高杉晋作とか、桂小五郎とか長州のちょっと気違いじみた人たちが頑張って幕府を倒したから、明治維新ができたというとこなんだけれども、この長州藩にもやっぱり欠点はあるよ。
それは短期決戦主義で、常に猪突猛進して突撃するというやり方なんだよ。
だから、イギリスを相手に下関戦争というの起こしたんだけれども、見事に敗戦して、日本そのものが不平等条約を結ばされてしまったからね。
これで日本は関税自主権を失ってしまい、日清戦争、日露戦争を戦うことで、ようやく取り戻すことができたんだよ。
本当は幕府の方が関税については、1枚上手だったと思うよ。
幕府はアメリカのハリスに対して20%を上限とする関税自主権を勝ち取ったからね。
そして、生糸の輸出にも成功して、日本の外貨獲得にしっかりとした足場を作ったのも、実は幕府なんだよ。
それをぶち壊したのが長州藩なんだけどね。
そして、この長州の突撃型の戦い方が、第二次世界大戦の短期決戦主義につながっていると思うよ。
司馬遼太郎さんは小説家だから、関税や産業育成のところまで要求するのは無理かもしれないけどね。
そもそもアメリカやイギリスが押し付けてくる自由主義というのも、もちろん良い面もあるけれども、欠点だらけのものだからね。
モーセが出エジプトで、ユダヤの人々を解放したというところが、自由主義の原点だよ。
拘束から解放するというところが、自由なわけだからね。
だからどうしても、自由が「束縛からの自由」になってしまうし、その延長線上で、政府の規制とか補助の撤廃とかを一生懸命押し付けてくるんだよ。
ところが自分たちのは温存してるんだけどね。アメリカの農業は補助金漬けだし、綿花の栽培にも、ものすごい補助金をつけて農家を保護しているからね。
ダブルスタンダードなんだよ。
だからむしろ保護主義の方が、内需が拡大して経済成長もするし、国民の所得も上向くはずだという意見の方が、だんだん強くなってきているからね。
その典型がトランプさんだよ。
合理的で効率的に考えるというのが頭の良さだと思ったら、やっぱりそれだけじゃないからね。
粘り強く知識を吸収して、何が正しいかを考え抜くという頭脳訓練によって強くなる、頭の良さはあると思うよ。
むしろ、これからの時代に必要とされるのは、知的鍛錬によって磨かれた頭の強さだろうね。
相手の押し付けてくる論理の裏側を見抜く歴史感覚や、大局的な時代感覚が必要だろうね。
だから、生まれつきの頭の良さなんか信じちゃいけないよ。
筋肉と同じで、鍛錬することによって頭も強くなるし、良くも悪くもなるんだと、信じることが大事だね。