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【展覧会】ワシリー・エロシェンコ

ワシリー・エロシェンコをご存知ですか?
私は、知りませんでした。

2022年9月の第3週(15日がある1週間)の日曜日は、無料になるということで、オストロフスキーの家博物館へ行きました。

オストロフスキーを目当てで行きましたが、ワシリー・エロシェンコの展示もあり、それを見て、初めて、ワシリー・エロシェンコという人を知りました。無料公開日に博物館に行くことで、知らなかったことを発見できるので、いいです。

ワシリー・エロシェンコは、子供の時に、失明しました。日本では、按摩をして、盲者が自立しているということを知り、1914年に日本へ留学しました。現在の筑波大付属の学校です。ロシア帝国時代、日本は、大正時代のことです。
日本に来て、日本語を学び、日本語で児童文学を書いたそうです。日本語で書かれた児童文学をロシア語に訳したものが、展示されていました。

1952年12月23日にエロシェンコは亡くなったので、今日は、ワシリー・エロシェンコの展示を紹介します。

1920年に画家の中村彝(つね)さんが描いたエロシェンコの肖像画がありました。東京の国立近代美術館より持ってきたようです。まさか、日本にあるものをロシアで見るとは…

そして、新宿にある中村彝(つね)アトリエ記念館のものも展示されていました。

画家の鶴田吾郎が描いたエロシェンコです。エロシェンコは、新宿の中村屋に住んでいました。

そして、エロシェンコの年譜です。

1914年、エロシェンコは日本へ行きます。

日本では、盲者も按摩をして自立していることを知ったから、日本へ来ました。

エロシェンコは、ギターも弾きました。

ヴァイオリンも弾きました。

今度は、ロシアの民族楽器のバラライカを持っています。

1916年1月に初めて日本語で書いた『提灯の話』です。

ロシアでの展覧会なので、エロシェンコが日本語で書いたものをロシア語に訳したものが展示されていました。

『知恵の壺』です。

『正義の花』の表紙です。

こちらも『正義の花』の表紙です。

『正義の花』です。

『虹の国』です。

ウラジオストクにいた頃です。

中国へ行き、魯迅と交流しています。

なんと、ここで、レオニード・アニシーモフの名前を見るとは、思ってもいませんでした。

この特別展が開催中に、すぐに、この記事を書いて、無料公開日に写真の撮り忘れを撮りに行けばよかったと思いました。
記事を書きながらいろいろ調べていたら、日本に滞在中のパネルの写真や作品は1枚ずつ丁寧に写真を撮ったけれども、ウラジオストクや中国へ行ってからの作品の写真を撮りませんでした。
しかし、今記事を書いていたら、ウラジオストクや中国のパネルにあった作品も日本語で書かれた作品だったことに気づきました。

さらに、残念なことにも気づきました。
この展覧会を見たのは、2022年9月でした。思いがけず、ワシリー・エロシェンコと日本とのかかわりをして、家に帰ってきてすぐ、ワシリー・エロシェンコのことを調べました。
日本語で童話を書いたことが分かったので、実家の近くの公立図書館の所蔵を調べました。すると、何冊か、エロシェンコの作品の本がヒットし、次の帰国時に借りて読もうと思いました。
さらに、2022年10月に、母が「『魯迅』のテーマで無料の講演会があるから、聞きに行く」と言い出しました。母は中国へ旅行に行ったことがあり、内山書店などと魯迅のことは知っています。私は、9月に見たばかりのエロシェンコと魯迅のことを話しました。おそらくその講演会の講師は、中国人で帰化した人なので、中国のことは詳しいと思うけれども、エロシェンコと会っていたということまでは知っているか分からないし、他の参加者もそんなつながりを知ることができたら、より講演会の内容が深まると思い、児童書だし借りて読んでから行くように話しました。
結局、講演会当日の天気が悪く、母は行きませんでしたが、2022年10月には、少なくともエロシェンコの児童書が公立図書館にありました。

今回記事を書こうと思い、日本語で出版されているタイトルを知りたいと思い、公立図書館を検索しました。2023年11月のことです。去年は、確かに検索したら、2,3冊はエロシェンコの本がヒットしたのに、去年あったはずの本が1冊もありませんでした。
古い本でしたが、処分されてしまったようです。ロシアのものだから処分したのかそれは分かりませんが、がっくりしました。ウクライナ支援に力を入れている自治体なので、仕方がないかもしれません。母が、ジュンク堂へ行く度に、「ロシアの本のコーナーのスペースが小さくなっている」とか、「ロシアの本がほとんどないよ」とは言っていましたが、図書館でもロシアの本を減らす動きがこの自治体では始まっているのかもしれないと思いました。
ロシアに住む前に住んでいた自治体の公立図書館には、しっかりエロシェンコの本が数冊ありました。
あとは、国会図書館にもしっかり所蔵されています。

次の帰国時に公立図書館ですぐに借りようと思っていたけれども、こうなったら、実家の近くの公立図書館で館外貸し出しの手続きをして借ります。その時に、なぜ処分したのかもしっかり訊こうと思います。
もしロシア文化の排除をしているとしたら、ひどい話だと思います。

【12月23日の過去記事】


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チェブラーシカ
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