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映画と美術#1『農民』ミレーの引用から見る油絵ロトスコープの効果について
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▷キーワード:写実主義、ミレー、クールベ、ロトスコープ、生成AI
『ゴッホ~最期の手紙~』で油絵アニメーションのジャンルを開拓し注目されたドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン。ふたりの最新作はノーベル文学賞受賞作家、ヴワディスワフ・レイモントの「農民」を映画化したものであるが、前作同様、油絵を使ったチャレンジングな内容となっている。どちらの作品も、実写映画のように滑らかに動くアニメとなっており、映画やアニメに詳しい方なら「ロトスコープ」だと思うだろう。しかし厳密にはロトスコープの一種である「ペインティング・アニメーション」が用いられている。ロトスコープの場合、役者の動きをトレースして制作するのに対して、ペインティング・アニメーションは複雑な工程を踏む必要がある。まず、グリーンバックを背に俳優が演技をする。グリーンバックの箇所には後から絵画を合成。それをキャンバスに映して、トレース、ペインティングしていくのである。それにより、有名な絵画が現実のように揺れ動く不思議な質感が生まれる。『ゴッホ~最期の手紙~』では実験的な要素が強かったものの、今回の『農民』では美術史に対する視座の深さが感じ取れる作品となっている。
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産業革命により社会は豊かになった一方で貧富の格差が拡大した。そんな19世紀中頃に美術界では「写実主義」が物議を醸す。クールベが1850年に労働者を描いた「石割り人夫」を官展に出品したところ酷評された。当時のサロンをはじめとする美術界では、労働者を描くことはタブーであり、田舎の日常生活は小さく、美しく、都市生活者の現実逃避として描くことが美徳とされてきた。対してクールベやドーミエは、ドキュメンタリーのようにありのままの市井の人を描こうとし、画壇からは冷笑された。今では「写実主義」として美術史の中で評価されているが当時は逆境出会ったのだ。
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閑話休題、『農民』は終盤でミレーの「落穂拾い」を再現していることから、「写実主義」をアニメで掘り下げようとしている。絵画は写真や映画と違って人力で描いているため、現実との距離感は遠い。そして一枚絵で表現するため、線で物語ることに限界がある。小説も同様であり、当時の凄惨さを表現しようとしても、書き手の取捨選択によって点と点が結ばれるため、現実における剥き出しの線を加工したものとなる。絵画、小説の限界に対して、いかにありのままの当時を捉えられるか?クールベやミレーは貧しき地方労働者を描いたが、彼ら/彼女らの生活する場所でも家父長制による凄惨なことが行われてきた。それをどう描くか考えた際に、油絵ロトスコープが効果を発揮する。
ロトスコープは実際に演技した人間をトレースし作られる。絵でありながら動きは実際のものである。「写実主義」の質感をそのままに、ミレーらが描けなかったであろう現実を捉えるハイパーリアリズムの実践といえるのだ。そこでは、家父長制によって結婚したくないのに男と結ばれ、強姦され、追放される女の肖像が凝縮されている。歌や儀式が文化を束ねる。そこから逸脱した時、市民が暴力でもって生贄を生み出して棄てる。資本主義とは異なるところにある凄惨さを生々しく捉えていくのである。
ただ、『農民』が悲劇的なのは、完成したのが遅すぎた。生成AIの時代がきてしまったのだ。それにより、本作における写実的に動く様が、生成AIで作られたもののように錯覚する現象が発生する。もちろん、エンドロールのメイキングで、これらの映像は生身で描かれたものだと分かるのだが、長い時間かけて理論化した技法がAI一発で陳腐なものとなってしまう様にグロテスクさを抱いた。なるほど、絵師界隈の間で生成AIに対する嫌悪が広がっている理由がなんとなく分かった。ライター界隈には中々分からないグロテスクさを『農民』から学んだのであった。
『農民』Chlopi/The Peasants(2023)
製作国:ポーランド、セルビア、リトアニア
上映時間:114分
監督:ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン
出演:ロベルト・グラチーク、ソニア・ミエティエリツァ、ミロスワフ・バカ、エヴァ・カスプシク
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