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映画と美術#21『ブルータリスト』安息の地を求めるユダヤ人像
〜2月26日 21:00
▷キーワード:ブルータリズム、バウハウス、頽廃芸術
1.建築様式を冠した映画『ブルータリスト』
1910年代、文明や文化を否定するダダや有機的な造形を行ってきた表現派建築は経済性、社会性の側面から衰退していく中、デ・ステイルやロシア構成主義といった抽象的アプローチが注目されていった。建築業界においても、新しい素材として鉄筋コンクリートや板ガラスが普及したことで、従来とは異なる建造物への模索が行われていた時期あった。
1919年、ドイツ・ワイマール共和国でヴァルター・グロピウスが「建築の家」を意味するバウハウスという美術学校を設立した。「すべての造形活動の最終目標は完璧な建築にある」と宣言したグロピウスは、パウル・クレーやワシリー・カンディンスキーを始めとする名だたる教授陣を集め新しい建築のありかたを模索した。その中でインターナショナル・スタイルを確立させていく。鉄、コンクリート、ガラスを用いた、装飾性を排した合理的建築のありかたが定式化されていったのだ。しかし、バウハウスは度重なる資金不足、政情不安に悩まされた。
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1925年にデッサウへ移転するも、1931年、ナチスがデッサウを支配下へ置く。翌年にベルリンに移転となる。当時のナチスは芸術を政府の管理下に置き、自由な創作を禁じる政策を行っており、それに反するものを「頽廃芸術」と称し略奪、破壊を行っていた。そのため、結局バウハウスは1933年に閉校させられることとなった。
バウハウスが模索したインターナショナル・スタイルの精神を継承するように確立されていった建築様式「ブルータリズム」をタイトルに冠した『ブルータリスト』は、ヨーロッパからディアスポラしたユダヤ人の心理を建築に象徴させた作品となっている。第二次世界大戦中、ヨーロッパ各国が結局ユダヤ人を守ることはなく、「ユダヤ人の面倒はユダヤ人が見る」しかなかった状態でユダヤ人安息の地「イスラエル」を建国しようとした側面とアメリカへ渡り、貧困や差別に苦しみながら自分の心の安息の地を生み出そうとしたユダヤ人が重ね合わさるのである。
実際に『ブルータリスト』ではエイドリアン・ブロディ演じるラースロー・トートが意地悪そうに語り掛けてくる者に対し「人には期待していない」と吐き捨てる場面があるが、それは国際的に裏切られ、迫害と孤独に晒されたユダヤ人の荒廃した心理を言い表しており、その様子はブルータリズム建築へと還元されていく。装飾が排され「人種」が漂白された剥き出しのコンクリート。ドライな質感の中に、救いの光を取り入れようとする様にて強調されている。
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ラースロー・トートが丘の上に建てたマーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティセンターを観察すると、ロマネスク建築とゴシック建築のハイブリットであることがわかる。農民と領主が土地を通じて繋がる封建社会。修道士や聖職者が文化の担い手を務めた時代から裕福な町人、文化人が介入してくる時代へと移り変わる12世紀。都市部における人々を信仰へと導く手段としてロマネスク建築の厚い石壁、高さが低く、光を取り込みにくい構造から、高い天井を設け、ステンドグラスで光を取り込むゴシック建築へと主流が映っていった。ラースロー・トートはホロコーストの歴史、収容所の凄惨さを抽象化させた重厚な壁を軸にする。ロマネスク建築が地方都市に多い点とオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)を始めとする収容所が地方都市にあった点を交差させていき、その上で救いの光を強調するためゴシック建築の光を取り込む構造を応用させたものとなっているのだ。
2.『ブルータリスト』の構造
さて、『ブルータリスト』本編の構造に入っていくとしよう。ラースロー・トートは暗中模索するように闇と群れをかき分け、光を探す。カメラはクローズアップで彼を追い続ける。《序曲》から始まった、建設現場を連想させる反復される音色、不穏な音色は自由の女神が顕となるとともに感傷的な爆発力ある音色へと変貌を遂げる。そして、クロード・ルルーシュ『ランデヴー』さながらの疾走に重ねるよう、クレジットが表示される。ここで非常に珍しい手法が用いられている。まるで建築プランを読んでいるがごとく、右から左へと図面のようなクレジットが流れていくのである。そしてラースロー・トートの苦難の旅が幕を開ける。
第一部では、家族を欧州へ置きアメリカへ渡ったラースロー・トートがホームレス同然の状態から実業家ハリソン(ガイ・ピアース)がパトロンになるまでの過程が描かれている。未来など見えず、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と娘ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)のために「今」に集中して生きようとする様をクローズアップで強調している。ドラッグに溺れながらも、ハリソンの図書室改修工事が評価され、彼の家に招かれることとなる。実業家であるハリソンは新しいプロジェクトとして丘の上にプロテスタント教会、図書館、そして体育館が一体となった複合施設マーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティセンターが立ち上がるのだ。これに抜擢されたラースローが建築模型を作り上げ、プレゼンテーションするところで第一部は終わる。
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