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はたらくくるま

「トラックを見させて頂いても宜しいですか?」
作業中に家の中から3歳ぐらいの孫を連れた、お婆さんが出てきた。
「うちの孫、トラックが好きでねぇ」
右手にパトカー、左手に消防車のミニカーを持った少年が、目をキラキラさせながらこっちを見ている。
来ているパジャマの柄も『はたらくくるま』がたくさんプリントされている。
「どうぞどうぞ、見てって下さい」
とは言ったものの、プロパンガスが無機質に積まれただけの白いトラック。
何も面白くない。
たぶん少年のテンション上がらないだろうなぁ、、、。
と思っていたのだが、トラックの後ろのゲートをウィーンと動かしたら「おおっ!」と歓声を上げてくれた。
ガスボンベをたくさん積んでいるゲート。
300キロはあるほどのゲートがボタン一つで下に下がる。
上にも上がるんだよ、とボタンを押したら、「カッケェ!」と言ってくれた。
しがないガス屋の俺だったが、こんなにも少年の心を掴めれる日がこようとは……。
ゲートを上に上げる。少年が見ている。
ゲートを下に下げる。少年うっとり。
得意げにウィンウィンと上にしたり、下にしたり。
住宅街に響き渡るトラックのゲートの音と少年の「スゲェ」の歓声。
ゲートも「上なの? 下なの? どっちなんだよ!」と文句も言わず律義に上下してくれている。

「他には! ねぇ他には!」
真っすぐな瞳で少年に言われた。
えっ……………他?………ないです…、ごめん。
技がコレしかねぇ………。
ゲートをウィンウィンする以外に特徴がないのだよ、このトラックは………、あと俺……。

あぁ、なんでガス屋のトラックに、ボタンをビッと押すとビュバァーと放水する装置とか、街をけたたましく鳴り響かせるサイレンとか、激熱な装置がついていないんだろう。
ヘッドライトからビームが出て、悪をやっつけるようなアレ、つけようよプロパンガス配送車。
他は? と聞かれて黙りこくっているガス屋のおじさん。
お婆さんに「無理いっちゃダメよ」と少年は言われ、テンションがスーンと落ちている。
つまんねぇ仕事してんだなぁ、俺……。
子供が憧れる仕事ランキングの何位なんだよ、ガス屋……。
キッザニアにあったっけか、プロパンガス屋……。
ちくしょう……。
そのまま少年が見守っている中、ゴロゴロと台車を引きながらプロパンガスを運ぶ。

あぁ……ボタンをピッと押したら、プロパンガス配送車がトランスフォームされて、ロボットになったら、超かっけぇだろうなぁ……。
憧れるなぁ…。プロパンガストランスフォーマー。
倒すんだろうなぁ、悪を。

👇パートで疲れて帰ってきた妻に「プロパンガスのトラックがトランスフォームするイラスト書いて」と頼みました。


無理いってゴメンナサイ
なんすか、そのライダーベルト
顔はオレじゃん
多分、トランスフォーマー知らない、妻

俺、敵が出現して倒す時に、このプロパンガス配送車でどうやって倒せばいいんだよ。
プロパンガスに火をつけるとか……。
でもそれってたんなる自爆。
辺り一面を火の海に変えて、少年まで巻き込んだら、『俺そのものが悪』だよなぁ…。
そもそも、敵って何だよ。

作業が終わり、少年とお婆さんが手を振ってくれた。


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