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Love it.

いつからか、漠然と死を迎えるのが怖くなっていた。

今日もいつも通り世界に静寂が訪れ、まどろみの中へ溶けていこうとすると、そいつは襲ってくる。
このまま意識を手放したら、もしかしたらもうこちらへは戻ってこれないかもしれない。全身から血の気が引いていき、得体の知れないナニかが重くのしかかってくる。
隣で寝息を立てる君を起こしてしまうんじゃないか、と錯覚するほど大きな音を立てて心臓が跳ねる。指先は震え、息も絶え絶えに何度も念じる「大丈夫、大丈夫・・・。」
祈りは神に通じたのか、気が付けばいつの間にか登っていた朝日が今日の僕に再び命を与えてくれる。こういう時ばかり神の存在を受け入れてしまう哀れな僕を許してほしい。
これほどの恐怖に押しつぶされそうになりながらも眠りにつけてしまうのは、意識を失った数時間後にはまた脳が活動を開始することが分かってしまっているからだ。
人は忘れることができるから生きていける。

ところで、一目惚れというものを信じているだろうか?
随分前に、と言っても十年かそこらの話だが、セガから発売された「君のためなら死ねる」というゲームがある。
街ですれ違った女性に一目惚れをした主人公が、彼女の気を引くために様々なパフォーマンスや、降りかかってくるハプニングから彼女を守るために奮闘する、といったストーリーだ。
随分とぶっ飛んだ設定の物語だ、と実際にプレイしていても思う。パフォーマンスというのも、お腹の中に入れた金魚を吐き出してみたり、襲いくる闘牛の群れを迎え撃ったり。なかなか出来ることではないと思うが、君のためなら命をかけたって、という強い意思を感じる。
すごいなぁ、なかなか真似できないなぁと思っていても、いざ自分の身に起こってしまうとなかなかどうして彼と同じ思考になっていくものなのだなと改めて納得してしまう。
あの日受けたスパークは、今もなお僕の心と身体を焦がしているのだから、一目惚れの効果は計り知れない。

今日もまた、いつものように静寂がやってきて、いつものように見えない恐怖が襲いかかる。
心臓は跳ね上がり、冷や汗がたれる。
荒くなった息を整えながらふと隣に目をやると、こちらを向いで静かに眠っている君がいた。
そっとその腰に手を回して抱き寄せると、優しい、それでいて力強い鼓動が心地よくリズムを奏でていて、それにつられて僕のリズムも落ち着いていき、瞼が落ちる。
いくらあがいたところで、生きていく限りはいつか辿り着いてしまうそこに向かって歩いていくしかないのだとしても、隣の温もりを感じてしまうと、「君のためなら死んでも可いわ。」なんて。

聞かれていたら、またあなたはそうやって…と怒られてしまうのは分かっているが、それでも僕はそう思わずにはいられないのだ。

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