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食欲がないのよ、と母上が言うので。

毎年、梅雨時期になると、少しだけ食欲を失くす母上が
「何か、おいしいものが食べたいねぇ」とか言う。
これは毎日食事の支度をしている私に対する冒涜だと思うが
私は母親思いのいい子なので、なるだけ腹を立てないようにしている。

何が食べたいのか聞いてみると
「牛フィレのステーキが少し。」とか
「本マグロの中トロのお寿司を一貫」とか言う。
まるで深窓のご令嬢気取りである。
そして食欲がないといいつつ、わりと重めの食材だ。

私にはそんなごうせいなものを、はいそうですかと
母上に食べてもらえるような財力はない。
なので今夜は「塩サバを焼いてほぐした海苔巻き」を作ってさしあげた。
「魚」という括りでは中トロも脂の乗ったサバも一緒だ。

この海苔巻きはいつもよく食べてくれるので、いつからかわが家の定番
というか、なんとなく母上の食欲がなさそうな時に作るごはんだ。
大葉を一緒に巻くのが食べやすさのポイントかもしれない。
母が「あぁ、大葉のかおりがいいねぇ」と作るたびに言うからだ。

しかし母上の味覚は謎である。
焼いた塩サバとお茶碗によそった白米は食べたがらないが
焼いてほぐした塩サバを海苔巻きにすると食べる。
素材は同じなのにどう違うのかと思う。
魚が嫌いではなさそうだが、食べたがらない理由として
ひとつ思い当たるのは、母上は魚を食べるのがもんのすごく下手だ。
食べ終わったお皿を見るとよくわかる。
幼いころはきっとばぁやがむしってくれていたのだろう。

それから、クリームシチューは嫌いだがホワイトグラタンは好き、とか
固形のチーズは苦手だがとろけていたら好き、とか、
そうめんは好きだが冷や麦は嫌い、でもうどんは好き、とか

とにかく、細かいことがメンドクサイのである。

そんな母上との食生活は骨が折れるが、母上の身体の半分以上は
私が作るごはんでできていると思うと

メンドクサイなぁと思いつつも
母上の好きなものや、おいしいものや、母上の身体が欲するものを
食べてほしいなぁ。作ってあげたいなぁ。と毎日思っている。

ヒレステーキと本マグロ中トロのお寿司は
いつかご馳走するね。(たぶんね)

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