2024夏 四国旅行記(その2)
2024年8月15~17日に、大阪→和歌山→徳島→高知→愛媛→岡山→大阪という一筆書きのようなルートを青春18きっぷでたどった旅の記録。今回は2日目。
(前回記事)
朝から列車を逃す
投宿先のホテルタウン錦川(高知市)で起床したのが朝4時半。シャワーを浴び、NHKの5時のニュースを見ながら支度してチェックアウトする。始発の普通列車に乗るべく高知駅へ歩いて向かう。セブン-イレブンでおにぎりを買って頬張る。
途中で見つけた、あまりにシンプルすぎる「中谷元」の看板。衆院議員、元防衛相、自民党。いろいろつけるべき情報はありそうなものだが、そんなものは要らないのだろうか。
さて、ここでふと、始発列車の時間が5時51分だったか54分だったかどっちだっけ、と思ってスマホで路線検索をするのだが、現在時刻で調べてもなぜか6時台の電車しか出てこない。
思い切り時刻を勘違いしていた。始発列車は5時39分。現在時刻は5時41分。時すでに遅し。本当はこの列車で終点窪川まで行くつもりだったが、18きっぷ縛りで後続列車に乗り続けていくのは旅程上厳しい。
駅のベンチで検討した結果、須崎~窪川は切符を買って特急に乗ることにして、とりあえず高知駅は6時31分発の須崎行普通列車で発つことにした。
高知県内鉄道発祥の地・須崎
高知から約1時間半かけ、8時05分、須崎駅に到着した。
高知県内の鉄道開通は、須崎港から陸揚げされた資材により建設された、高知線(当時)須崎~日下間が最初だという。そのため須崎駅の入口には記念のモニュメントがしつらえられている。
港は駅のすぐ近く。リアス式海岸の須崎湾が過去に津波を何度も経験してきた。1960年のチリ地震津波の後に建てられた「津波之碑」によれば、このときに防波堤を張り巡らし、堀川を埋め立てたという。
須崎市のゆるキャラ「しんじょう君」が街の至る所にあった。国内では須崎で最後に確認され、現在は絶滅したニホンカワウソをモチーフにしており、「しんじょう」は新荘川に由来する。頭は名物の鍋焼きラーメンを模しているらしい。須崎駅の定期券申込書の記入例には「須崎鍋焼高校」とあり、かなり推しているようだ。
窪川でうなぎ
9時1分須崎発の特急しまんと1号中村行に乗って、窪川に着いたのが9時26分。
駅のすぐそばには四万十町役場や喫茶店や古書店がある。さらに少し歩くと国道381号沿いや、それに並行する町道に銀行や商店、飲食店等が立ち並ぶちょっとした市街地になっている。
1時間近く乗り換え待ちの時間があり、やはり散策していると、なんと朝8時半からやっているうなぎ屋さんがあるのを見つけた。「うなきち」である。
新型コロナ対策ということで入口で名前と携帯電話番号を記入してから入店。上階がゲストハウスになっており、そこで泊まった家族連れが朝食にうなぎを食べていた。
うな重(並)に肝吸いとセットが付いて3300円。ちなみに(上)は1尾丸々、(並)は3分の2尾だそうだ。皮がパリッと、身はふっくらというのがほんとうに良い。朝から贅沢してしまった。
四国八十八ヶ所霊場の一つ、岩本寺が近くにあり、さらに北へ行けば四万十川も見えるという立地ではあるのだが、そこまで訪ねていると次の列車まで余裕がなくなるので駅に戻った。今度はじっくり時間を取って訪ねてみたい土地だ。
宇和島へ
窪川駅はJR四国と土佐くろしお鉄道が乗り入れる。宇和島方面のJR予土線の列車は窪川始発なのだが、窪川と、隣の若井の間だけは土佐くろしお鉄道中村線となっている。ところが土佐くろしお鉄道側の改札から乗れるのは中村方面の列車だけで、宇和島方面の予土線列車はJR側の改札からしか乗れない。なんとも複雑怪奇である。
JR側の窓口で訪ねたところ、宇和島で降りるときに土佐くろしお鉄道分の運賃は払えば良いとのことだったので、改札は18きっぷで入りそのまま乗車した。
このときの列車は俗に「四国新幹線」と呼ばれたりもする「鉄道ホビートレイン」だった。団子鼻の外観もそうだが、車内も鉄道模型のショーケースや、かつて0系新幹線で使われたという転換シートなどもあって、鉄道ファンには喜ばれるのだろう内装となっている。
10時43分宇和島行普通列車が発車。途中の停車駅で、後方のドアがちゃんと閉まらなくなり20分程度停車するトラブルがあった。「前にもあったやつやな」と作業員さんが言っていたので、ちょっとガタが来ているのかもしれない。
宇和島には13時40分すぎに着いた。(つづく)
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