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短編小説 「ホリエ君の手紙」

※以前に趣味で執筆していた短編小説です。
元々はお題にそった短編小説なので、原題は「たからもの」という作品になります。

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小学2年生の時に「ぼく・わたしのたからもの」という作文を書く授業があった。
そのとき私は、家族と友達って書いたと思う。
他のクラスメイトも大体似たり寄ったりで、それにペットが加わったり、コンクールや大会のメダルだったりトロフィーだったり、今考えれば他愛もないものばかりだった。

ただし、ホリエ君だけをのぞいては。


【 ホリエ君の手紙 】


「それでは、新郎新婦に登場してもらいましょう!」

司会者の明るい声とともに、披露宴会場の入り口にスポットライトがあてられる。
入場にぴったりな明るいウェディングソングが流れると、扉が開いて今日の主役二人がとびきりの笑顔で現れた。
ゲストたちの拍手にカメラのフラッシュでますます会場は賑わい、二人が一歩踏み出すたびにみんなおめでとうと口にした。

華やかなドレス姿で花のように笑っている新婦と、その隣では新郎のホリエ君が照れたようにエスコートしている。
私からしたらホリエ君は小さい頃からよく知っているぶん、新郎のキラキラした格好ですら何だかこそばゆい感じがしてしまった。

「ホリエ、何かやっぱり変わらないよねー」
「うんうん。相変わらずって感じ!」
「あいつもとうとう結婚かぁ~」
「お前も頑張らないとな」
「それはお前だってお互い様だろ」
「まぁまぁ。でも、エイジがこんなに早く結婚するなんて意外だったな」

私たちのテーブルは、小中学校時代の幼馴染メンバーが席についていた。
さっき私が感じたこそばゆさも皆同じみたいで、拍手をしながらつい笑ってしまう。
内輪から下の名前で「エイジ」と呼ばれるホリエ君も、小さい頃からこのグループの一員でたくさん遊んだりケンカしたりした。
大人になっても都内でたまに待ち合わせて飲んだり、帰省して都合が合えば遊んだりするほど未だに仲が良い。

スマートにお酒を飲みながら食事もしっかりいただいているミズタニ君は、みんなより一歩引きつつも面倒見がよくて頼れるお兄ちゃんみたいな感じ。痩せの大食いの代名詞は今日も健在みたいだ。

その隣でビールをたくさん飲んで真っ赤になりながら豪快に笑うタケちゃんは、まわりをぐいぐい引っ張るみんなのリーダー。親戚から注がれるビールを片っ端から受けて飲んじゃう付き合いの良さはピカイチ。

その隣に座るケイスケはみんなのお酌をしたり忙しない。よく気がついて優しい、男の子なのにお母さんみたいに落ち着いている。
そういえばケイスケはよくホリエ君のフォローもしていたなぁと子どもの頃を思い出した。

私とケイスケの間に座るリンちゃんはお転婆でしっかり者。タケちゃんと真正面からケンカできるくらい強い。そんでもってケイスケとリンちゃんは半年前に結婚したばっかりの新婚だ。
正反対の性格の幼馴染なのに結婚だなんてマンガみたいな話だけれど、この二人は子供の頃からずっと仲良しだったし、成人式が終わって少し経った後の同窓会後に付き合い始めたみたいだから、どんなに小さいころから一緒にいても恋とは不思議なタイミングなものだなって思う。

ホリエ君はこの幼馴染グループの中でもムードメーカーのお調子者で……戦隊もので言えばイエローみたいなポジションかもしれない。
落ち着きがなくておサルさんみたいで皆をいつもハラハラさせて、メンバーにも先生にもたくさん怒られるんだけど、それでもみんなほっとけなくて愛されちゃうっていうすごくオトクな性格。
そんなホリエ君の結婚式だから、みんな幼馴染ながらどこか親心みたいな気持になってお祝いしているんだから本当に面白いと思う。

私?私は……可もなく不可もなく、引っ込み思案でリンちゃんにいつもくっついて、ケイスケ君の真似をして、ミズタニ君に励まされ、タケちゃんとホリエ君についてくような子だった。
みんなが笑ってると私も嬉しくて、誰かがケンカすると不安になって悲しくなってしまう。
体力もないから皆の足手まといにならないようにしたり、大人しくて泣き虫で何にもできないから、みんなの心配だけしかできなかった気がする。
みんなよく遊んでケガするから、心配のあまりいつも絆創膏持ってたなぁ。
そのぐらい平平凡凡なのが私。

ホリエ君はみんなに冷やかされながら高砂に座って、どんどんお酒を注がれてニコニコ真っ赤な顔になってる。
あの子どもみたいな顔も昔から変わらない。

式はそのまま様々なイベントやお色直しを挟みながら進んでいき、終盤の新婦の手紙の場面となった。
結婚相手のナツキさんは控えめで可愛らしくて、お調子者のホリエ君を優しくフォローしながら導くことのできそうな女の子だと思った。

彼女の手紙は、ホリエ君との馴れ初め……高校時代の同級生で委員会が同じになった時の印象から始まった。
新郎新婦紹介ムービーでも二人の出会いは流れたけれど、ホリエ君はやっぱり高校でもお調子者で忘れ物も多く、ナツキさんはそのたびに親切にしてくれたらしい。
彼女の面倒見の良さにホリエ君は惚れちゃったんだから、やっぱりホリエ君はみんながほっとけなくなる存在なんだなぁって各テーブルで笑いが起きていた。高校時代の親友の子によるスピーチの時も、いかにホリエ君に手を焼かされてたかというエピソードが満載で、どこにいってもホリエ君は変わらないらしかった。

手紙を読みながら様々な思い出が浮かんできたのか、ナツキさんはときおり涙で声をつまらせながら続けた。会場にいるナツキさんの友達から、小さな嬉し涙の声が漏れるあたり、一緒に喜んでくれるくらいに本当に友達にも好かれている子なんだろう。
最後に、ホリエ君への想いと両親への感謝を笑顔で読みきると、会場からは大きな拍手がおきた。

すると、スポットライトが今度は新郎に当たり、場が少しざわついた。
普通ならこのまま両親の挨拶とともに退場の流れが多いところなのだけれど、今日はどうやらそれだけでおしまいじゃなさそうだ。


司会者が嬉しそうに含み笑いをし、
「実は、これだけでは終わりません!なんと!新郎のエイジさんから新婦のナツキさんにサプライズラブレターがあります!」
と言い放つと、スポットライトを当てられたホリエ君は照れながらも緊張した顔つきになっていた。

どのテーブルも「おおーーっ!!」と声が上がり、新婦のナツキさんは本当に何も知らされていなかったのか口に手を当てて驚いてホリエ君を見ている。会場からは新郎にエールを贈るかのような拍手がだんだんと響きはじめた。

ホリエ君はポッケから便箋を出して、会場とナツキさんに一礼すると小さく咳払いをし、顔を緊張でますますこわばらせながら手紙を読み始めた。
その様子に思わず固唾を飲んで見守ってしまう。

『ナツキ、まず一番に君にお礼を言いたいです。
一緒にいてくれて、本当にありがとう。俺と結婚してくれて、本当にありがとう。

驚かせるかもしれないけれど、実はずっとナツキに言ってなかったことがあります。
本当に一番最初、委員会で一緒に話したときに、もう忘れてるかもしれないけれど君は俺に小さなメモをくれました。
それは小さなメッセージカードに次の委員会に持ってくるものを、俺が忘れないようにメモしたものです。
たしか内容は、筆記用具と(笑)、集計表とかなんか色々で。
実はそれ、未だにあるんです。ちなみに毎日財布に入れてお守りみたいにして、ずっと持ち歩いてます。キモいとか笑わないでください(笑)

ラブレターでもなんでもない。
他愛ないメモをもらった時から、きっと俺は君に一目ぼれしてたんだと思います。
こんなこと照れ臭くて今まで言わなかったけれど、ずっとずっと大好きです。今も変わらないです。

すぐ調子乗って周りを巻き込んだり、すぐ落ち込んだり酔っぱらって寝ちゃったり、そんな面倒臭い奴の俺を君は見捨てずに励まして傍にいてくれて……君は俺の一番の宝物です。

多分これからも迷惑かけたり心配かけたりするかもしれないけれど、宝物の君を傷つけることだけは絶対にしません。絶対に約束します。
それと君を笑顔にしてあげられるのも俺だけだと思います。自信を持って言えます。
ナツキ、これからもずっと俺の傍にいてください。
幸せにします。』

幸せにします、が尻すぼみに聞こえたのは、ホリエ君が泣いてしまったからだった。
緊張でホリエ君の声はちょっとかすれていたけれど、それでもちゃんと最後まで読みあげてから、おおいに男泣きしていた。
自分の手紙を読みながら泣いてしまうなんて、あんまりにもホリエ君すぎて会場は笑い泣きの渦だった。
新婦のナツキさんも涙で目をキラキラさせて、私たちも感極まってしまう。

手紙を渡されたナツキさんは、司会者からコメントをふられると、涙を拭きながら愛おしそうにホリエ君を見つめた。

「エイジ君、本当にありがとう。こんな手紙、初めてですごくビックリしたのと、すごくすごく嬉しいです……。
私こそ、幸せにします。この手紙も、宝物にします。ありがとう。
どうぞこれからも末永くよろしくお願いします」

会場は一番の盛り上がりとなった中、ナツキさんの「宝物にします」というセリフに、私は何だか胸の奥からじわりと温かいものが滲んだ。
そして何故か、私の脳裏に小学生の頃のある記憶と、二枚の絵手紙がふいに思い起こされた。

小学2年生の作文の授業で、自分の宝物を発表する内容だった。

クラスのみんなは大体が両親や友達、飼っているペットとかメダルやトロフィーを宝物だと発表していた。
そんな中、ホリエ君だけが違ってた。
ホリエ君の宝物は「おばあちゃんからの手紙」だった。

ホリエ君のおばあちゃんはずっと遠くに住んでいて、趣味の絵手紙をホリエ君によく送っていた。
ホリエ君もそれが嬉しくて、苦手な絵を頑張って描いて交換こしながら送り合って、おばあちゃんからの絵手紙が宝物だと発表した。
ただのおばあちゃんの絵手紙が宝物だなんてとみんなが笑う中、ホリエ君は真剣に作文を読み上げた。
その後もどんなにからかわれても、取り消すようなことはけして言わなかった。
それでも、クラスの一部の子がしつこくからかった事があって、ホリエ君が泣きそうになっていた時のこと。
一度だけ私はその意地悪な子に食ってかかって、言い返したことがあった。

そうだ。あの時、私は初めて他の子に口答えをしたんだった。
そのくらい、ホリエ君が素敵だと思うものを笑うことが、どうしても許せなかった。

私が珍しく怒ったら、からかっていた子たちは興ざめして、もうそのネタでホリエ君をからかわなくなったので、怖かったけれど勇気を出してよかったと思ったのは後にも先にもその出来事だけだったかもしれない。

その数日後のある日。
ホリエ君は珍しく一人で私の家に突然遊びにやってきた。それもお菓子の缶を持って。
何事だろうと思ったらホリエ君は持っていたお菓子の缶を開けて私に見せた。
何があるんだろうと思って覗き込むと、そこには美味しそうなお菓子ではなく、ゴムで束ねられたたくさんの絵ハガキが入っていた。

ホリエ君はおばあちゃんからの絵手紙を、自分だけの宝物をわざわざ私だけにこっそりと見せにきてくれたのだ。
きっと、タケちゃんやミズタニ君、ケイスケもリンちゃんも見たことがないと思う。

部屋に上げると、内緒だよってはにかんで、カードのように床いっぱいに広げてくれた。
たくさんの色鮮やかなお花や果物、野菜や動物が描かれていて、本当に宝物みたいで思わず魅入ってしまったのを今でもよく覚えている。
しかも全部違う絵に、必ずおばあちゃんの優しい一言が添えてある素敵な手紙ばかりだった。

色とりどりの優しい手紙に魅入っていると、ホリエ君は「気に入った絵手紙があったらあげる」と突然言ったので私はビックリした。
もちろんホリエ君の宝物だから当然遠慮したのだけれど、ホリエ君は「おばあちゃんからまたたくさんもらえるし、気に入ったものがあればおばあちゃんも喜ぶから。だから貰って欲しい。」って譲らなかった。

こうと言ったら頑固なとこのあるホリエ君だからこそ真剣な表情をする彼に根負けし、私はお言葉に甘えて当時大好物だったトマトの絵が描かれたハガキを指差した。
今思えばもっと可愛い動物とかにすればよかったのにと思うけれど、子どもってそんなものなのかもしれない。

その真っ赤なトマトは田舎でとれたての、大きくてカタチがゴツッとしてて、今にもはち切れそうなほどみずみずしそうに描かれていた。
そしてその後にも、実はもう一枚絵手紙を貰うことがあった。
それはホリエ君が夏休みにおばあちゃんちに遊びに行った時に送ってくれた、おばあちゃんとホリエ君の合作の暑中お見舞いの絵手紙だ。

手紙からはみ出そうなくらいに元気いっぱいの大きな黄色いヒマワリが2輪描かれていて、上のほうに爽やかな空のブルーが綺麗にぼかしになっていたから、その部分はきっとおばあちゃんが描いたに違いない。
優しい青と明るい黄色のコントラストが綺麗で、まるで太陽みたいに輝いてそうで見た瞬間にすっかり私は気に入ったのを覚えている。

絵手紙には「いつもエイジとなかよくしてくれてありがとう」とおばあちゃんの優しい言葉と、ホリエくんからは「いつもありがとう。これからもよろしくね。てがみはひみつだよ。」と、いつもの大きめな汚い字で書かれていた。

もちろん、その2枚の絵手紙は誰の友達にも見せていないし、本当に私とホリエ君だけしか知らない秘密で、私の実家の宝箱がわりの引き出しに大事にしまってある。
ひょっとしたらホリエ君自身が忘れてしまっている可能性だって高い。

そう、ずっとひそかに宝物にしていたんだ。
ホリエ君との秘密で、内緒ごとで、まるで合言葉みたいな。

いつもまわりをハラハラさせるのに、全然ホリエ君らしくなさそうな宝物なのに。
だけど、きっとあの時は私、ホリエ君が初恋だったんだ。
ホリエ君がからかわれてるのを見て、嫌だなって腹が立ったのは、きっと好きだったんだ。
私とは正反対で、いつも目で追ってしまう、眩しい男の子だった。

「宝物にします」

ナツキさんのその言葉を聞いた瞬間、改めて考えたことがなかった、とうに忘れていた感情がフラッシュバックのように一瞬にしてかけめぐる。
そして全部思い出した頃には……涙がほろりと頬にこぼれた。

明るくてお調子者で正直でまっすぐで、そんなとこが可愛いし羨ましいし、それなのに本当は優しくて人想い。
だからみんなホリエ君に懐いてしまうし、私も好きだった。初恋だった。

中学校、高校になってその時々にまた新しい恋もあったけれど、
本当の初恋はホリエ君、君だったよ。
大好きだったよ。

大人になった今はそういう好きじゃないけれど、それでも君が大好きだよ。
みんなが君を大好きで、君の幸せが嬉しくて、君に元気でいてほしくて、
だからこうしてニコニコ笑いながら、嬉しさに泣きながらお祝いにきたんだよ。

嬉しい、
寂しい、
好きだった、
幸せに、
見守ってるよ。

色んな気持ちがまぜこぜになって、他愛ない初恋はもうとっくに終えてたのに、涙がこぼれるなんて何ておかしいの。

「ホリエー!お前イイ男だぞ!」
「新郎やるねー!!」
「エイジ君、ナツキちゃん、お幸せに!」

タケちゃんや他のゲストがはやし立てるとホリエ君はますます照れて、子どもみたいな笑顔しながら自分でも感極まったのかさらにおいおい泣いてしまった。あまりの勢いにナツキさんもだんだん笑うしかなくなって、しまいには爆笑しながら涙を拭いてあげる姿にみんなからの笑い声がおきる。
私たちのテーブルも笑ったり励ましたりみんな忙しい。
私は、そんな幸せな涙を流すホリエ君やみんなを見て、思わず胸がいっぱいになる。

「あれ、泣いてるの?何だか親心みたいな気持になっちゃうよね」

リンちゃんも指で涙をすくいながら私に言った。私は何も言わず頷きながらホリエ君を見つめる。

誰にも言わなかった私の初恋。

ホリエ君を見守りながら、あの手紙と想いはもうちょっとだけ、私の中の宝物にさせてもらおうと思った。

( たとえ君が忘れてしまっても、まだ持っているのは私だけの秘密 )