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短編小説 「あの子にはなれない」

※以前に趣味で執筆していた短編小説です。元々はお題にそった短編小説なので、原題は「真実」という作品になります。
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馬鹿でもいいの。

嘘でも今ここにいるときだけ、こっちが真実って思わせてほしい。


【 あの子にはなれない  】 


「ねぇ」 

「なに」

「……最近どこにも出かけなくなったね」 

「そうだっけ?」 


そうだよ。と言いかけてやめた。 

ベッドから上半身だけ起こして煙草を吸う彼を、隣でうつぶせになったままで見つめた。

さっきまでのお遊びに手元で結ばれたネクタイを緩める。
最近はこんな事ばっかりだけど、本当はこういうのはあんまり好きじゃない。 だけど嫌われるのが嫌で言い出せないでいる。 

最初の頃は車でどっか行ったり遊園地行ったりしてたのに、最近は部屋かホテルでダラダラ過ごす事が多い。

彼の事は好きだけど、寂しい。それなのに傍にいたい。2人でいても寂しくなると分かってるのに近くにいたい。
だからさっきみたいなことをポツリと漏らしては黙る。悪循環。 

だけど本当は気づいているのだ。
こんなカレカノごっこはもう茶番で、私は遊び相手に降格されてしまったことに。
私が彼の本命だったのはもう前のこと。彼には本命が別にいるのだ。

いつの間に完全に乗り換えられたのか分からないけれど、 彼が他の誰かに恋をした日から、私はずっと嘘をつかれている。

そのことに気づいたのは一年くらい前。タバコを買いに出た彼がうっかり部屋に忘れて行ったケータイに一回だけ出てみたら 

『あ、カズト?あのさ、今夜来る時におしょうゆ買ってきてくれないかな?』 

と、それはそれは可愛らしい声が聴こえたのだ。 私はもちろん無言で切って着歴も消した。
だけど戻ってきた彼にすぐにバレて殴られた。

何となくそうなのかなって気付きはじめてたから、悲しさなんて微塵もなかったけど、殴られた瞬間に彼女が本命なのだと悟ってしまった。

それでもズルズルこの人の傍にいたいのは、体を使ってでも引き止めたいくらいに好きなのだ。
そして、拒むどころか離れていかないこの人だってこの人だ。 

「ねぇ、カズト」 

「なんだよ」

「今度うちに来る時、おしょうゆ買ってきて」 

「そんなん自分で買えよ。つか帰りに買えって」

「言ってみたかっただけだよ。馬鹿だなぁ」 

ほんと、馬鹿だなぁ、私。
枕に顔をうずめた。ちょっとだけ泣きそうになった。 

分かってたよ。分かってるよ、ちゃんと。

でも、だめなの。

馬鹿でもいいの。

嘘でも今ここにいるときだけ、こっちが真実って思わせてほしい。

カズトの太ももをさすりながら私は甘えた声をだした。

「ね、もう一度、して?」 

抵抗するフリしながら、本当は熱を受け入れたくてしょうがない。 
灰皿にもみ消した煙草。煙だけが部屋に残る。覆いかぶさってきた煙草まじりの彼の汗の匂いが切なくて、甘えた声を出す。叶わない想いも一緒に吐き出すみたいに。


たとえあの可愛い声の女の子と結婚しても、この人は私との行為を絶対にやめないだろうなと思う。

それと同じに、
たとえあの可愛い声の女の子と別れても、この人は私とは絶対一緒にはなってくれないだろうなとも。 


( 耳元の息を感じて 意識した 映る世界は愛し君  )