FF14 光の連続小説 【とある喫茶店のバックヤード 第2章】
この喫茶店のBGMは地下のゴブリンによるピアノ演奏である
第2章 とあるピアニストの話
1時にお店は閉まる。
店のBGMがごぶちゃんのピアノの演奏から、蓄音機の"エンディング"に変わった。大体の仕事は私もやらせてもらっているが、なぜか蓄音機だけはマスターが操作する事になっている。
「本日もそろそろ閉店です。ご来店ありがとうございました」
「ありがとうございました」
マスター今日もコーヒー美味しかったよー。フェイちゃんもそろそろお店に慣れた?マスターと働くと疲れるでしょ。
お客様がそれぞれの別れの言葉を残し、帰路に発っていく。最後まで残るのは常連さんが多いので、別れ際も何となく和やかな雰囲気だ。
お客様を扉まで見送り、本日の営業は終了。
「フェイちゃん今日もお疲れ様。はい今日のお給金」
このお店の給料は日払い制だ。なんでもマスターの方針で、その日の労働に対する感謝を、まだ覚えてるうちに支払っておきたいとの事だった。
「ありがとうございます。マスター」
マスターの『まだ感謝を覚えてるうちに』というのは聞こえはいいけど、実のところマスターは本当に忘れっぽい…。特にどうでもいい事、取るに足らない事はすぐ忘れる感じがする。
マスターもおそらく自分が忘れっぽい事を分かっていて、給料支払いの忘れが無いように日払いにしているのだと思う。「早く仕事に慣れて、どうでもいいスタッフを脱却しなきゃな」と私は密かに心に決めた。
基本的に営業中はごぶちゃんのピアノが曲を変えつつエンドレスで流れているのだが、蓄音機からの "エンディング" が流れると自然と演奏は止まる。
この辺りのバトンタッチは不思議とスムーズだ。マスターとごぶちゃんの息の合った感じがこういうところでわかる。
私は最初こそ、地下でピアノを弾くゴブリン族のごぶちゃんには驚いた。
しかし何日か働かせてもらううちに、ごぶちゃんのピアノこそ、この喫茶店にすごくあってるなと思えてくる。
ごぶちゃんの感情を表に出さない弾き方。それが逆に喫茶店にはBGMとして馴染んでいるのだ。コーヒーを味わう邪魔にもならない。
お店の片付けが進むにつれ、私はソワソワしてきた。
なぜなら私は今日、仕事が終わったらやりたいと思っている事が一つある。
『ごぶちゃんと話してみよう』
この頃私は喫茶店で働き始めてもう幾日目かになっていたのだが、最初にマスターにごぶちゃんを紹介してもらってから、彼とはそれっきりだった。
簡単にいうと顔も見に行っていない。
ごぶちゃんの事が気にはなっている。そして繰り返すがこの店のBGMが私は好きだ。その演奏者とこのまま接触しない選択肢はない。
とはいえ相手はゴブリン。うまく話ができるかどうか……。
― 新しい世界が広がるよ。
マスターのあの時の言葉が頭をよぎる。私は意を決して地下へ向かおうとした。「ちょっとごぶちゃんの様子見てきます」
「フェイちゃん、ごぶちゃんと話しに行くの?なら…気をつけてね」
後になって気づく。マスターのこの時の『気をつけてね』を私はもっと真面目に受けるとるべきだった。
地下は以前私がマスターに連れられてきた時と変わってはいなかった。
薄暗い中、スポットライトに照らされたグランドピアノ。
ごぶちゃんも弾いてはいなかったがピアノの前にまだ座っていた。
私は階段を下りてきた勢いに任せ、佇むゴブリンに声をかけた。
「あの、ごぶちゃん……さん」
つい ”ちゃん” に加え ”さん” と二重に敬称を付けてしまったのは階段を下りて得た勢いが途中で尽きてしまったからだ。
しかし ”新しい世界” の方の勢いはまだ残っている。
「わ、私、先日からこのお店で働かせていただいてるフェイというものです。ごぶちゃんさ…ごぶちゃんの演奏がとても好きです!」
何を言っているんだ私は…ファンとはいえ今は同じスタッフだ。もっと何か、会話の仕方はあるだろう。
「……」
ごぶちゃんからの返答はなかった。
しかし、思いがけず一番言いたい事を先に言ってしまった私は、逆に緊張が解けた。憧れのピアニストを前にしてまだまだ聞きたい事がある。言葉が次々と出てくる。
「あの時の ”プレリュード” 本当にありがとうございました。とても感激しました!おかげで私、緊張もせずスムーズに仕事デビュー出来たんです」
「……」
無口なのだろうか。ゴブリン族はそういうものかもしれない。
いやしかし、いくら私がごぶちゃんのピアノに惚れ込んでるとはいえ、彼は同時に今後も一緒に働く仲間でもある。やりすぎは良くないが、もう少しコミュニケーションはとっておきたい。
私がさらに何か共通の話題をと考えると、ふと日給制の事を思い出した。
少しマスターに罪悪感を感じはしたが、ネタにさせてもらう事にした。
「ところでここのマスター、いい人だけどちょっと忘れっぽいのがたまに傷ですよね。たぶんそれで日給制なんだと思うんですけど、ひょっとしてごぶちゃんも日給制です?」
私は別に日給制に不満があるわけではない。共通の話題が欲しかっただけだ。しかしマスターをネタにした事、これがダメだった…….。
「……ダマレ」
「えっ?」
「オマエにアイツの何がワカル」
ごぶちゃんの思わぬ返答に、私はうまく反応できなかった。
「シンジンだからユルシテヤル。ダガそれ以上アイツを馬鹿にスルは、ユルサナイ」
ごぶちゃんは身構えている。それ以上の会話は成立しそうにない。私は地下から逃げるしかなかった。
なぜこんなことに…確かにマスターの事少し悪く言ったけど、そこまで?
ともかく私の ”新しい世界” への挑戦は今度は失敗したようだった……。
「きゃっ!」
階段を上がり一階の扉を開けようとするとすると、ちょうどマスターとぶつかりそうになった。
マスターは地下での騒動を聞き、駆けつけようとしてたのかもしれない。
階段から店舗スペースへの通路は狭い。普段なら気をつけているのだが、その時の私といえば地下での残念な出来事をうけ、ふらふらと心ここに在らずの状態であった。
「あ、ごめんなさい。マスター」
「ううん。それよりごぶちゃん大丈夫だった?揉めてたみたいだけど」
マスターをネタにしたのもあり、詳しくはいえない……。
「はい、ごぶちゃんさんと少し話したかったのですが、なかなかうまくいかなかったです」
「まぁゴブリンだからね。だんだんとね、ゆっくりやってこ」
「新しい世界はなかなか厳しい時もありますね」
私はマスターの言葉に絆された事もそれとなく伝えてみた。
「へーフェイちゃん『新しい世界』なんて洒落た言葉使うね」
マスターは自分で言った言葉も忘れているらしい…が、その時の私は突っ込む気力もなかった。
「ねえ、雨過天晴って知ってる?悪い事の後には良い事があるって言葉」
「はあ」
またマスターお得意の古い言葉だろうか。初めて聞く。だが励まそうとするマスターの優しさは伝わってくる。
「ごぶちゃんはなかなか偏屈だからね。明日空いてる?モジャオ君まだ会った事なかったでしょ。紹介してあげる。イケメンだよー」
マスターの言う ”良い事” はこれらしい。だけど……。
「モジャオ君?誰ですか?それに明日はお店お休みじゃ?」
「あれ?言ってなかったっけ?一応店は毎日開けてんだよね。宣伝してる営業日は土曜日だけだけど、ほら、ふらっと来るお客さんもいるかもでしょ。その人にがっかりさせたく無いんだ」
全くの初耳だ。忘れっぽいのはこういう所にもある。マスターの中では大した事では無いのだろうか。営業日の事、結構大事な事だと思うが……。
「モジャオ君てのは私がつけた名前だけどね。本名はえーと…ちょっと忘れちゃった♪彼は土曜日以外の日に、ここで働いてもらってるんだ」
そう言うマスターの目はキラキラしていた。あの目を見たらもう何も言えない。それに正直イケメンってのは、最近独り身になった私には魅力的だ。
「わかりました。明日は空いてます。お店に来たらいいですか?」
「うん。あ、でも私はちょっと来れないけど、モジャオ君には伝えとくよ」
「えっマスター来ないんですか?じゃあ別の日に……」
「いやいや、暗い気持ちは早く晴らした方がいいよ。片付けは私がやっとくから、今日は早く帰って寝た寝た」
そう言うとマスターは私の背を押し、店から追い出した。
今思うとこの時のマスターの行動は強引な感じだが、私はその場を離れる事で意外と心が晴れ、うまく気持ちの切り替えもできた気がする。
「また新しい世界かな。はてさて今度はどうなることやら……」
第2章 とあるピアニストの話 おわり
幕間コーヒーブレイク②
「マスター、お店の終わりにかかる ”エンディング” なんでごぶちゃんにそ のまま弾いてもらわず、マスターがレコードをかけるんですか?」
「そうねー じゃあフェイちゃん、喫茶店てお客さんにとってどういう場所だ と思う?」
「うーん。休憩する場所?」
「そうだね。半分正解」
「半分かあ。もう半分は何だろ?」
「お客さんはね、喫茶店にスペシャルな休憩をしに来てるの。ただの休憩だけならわざわざお店まで来ないでしょ。いうなれば夢の時間」
「たしかに……」
「だけど夢の時間も終りが来る。でもそれでまた次の日から頑張れる」
「そうですね。それぞれの生活に戻らなくてはいけませんものね」
「 ”エンディング” をかける事はさ、夢の時間をちゃんと終わらせる作業な んだよ。そしてそれはマスターの責任でもあるのさ」
3章へ続く
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