FF14 光の連続小説 【とある喫茶店のバックヤード 第9章】
ピアノバーの後に立ち上げられた喫茶店は『純喫茶くろねこ』と名付けられた
第9章 とある喫茶店の店員達の話
ー てなことがあってな。
私は聞き入ってしまっていた。
ロビンが淹れてくれた、コーヒーもあまり減らず冷めてしまった。
「……それでその後、倒れちゃったマスターはどうなったの?」
「命に別状はない。ただ……」
「ただ?」
「第7霊災後遺症って知ってるか?フェイ」
「霊災近辺の記憶が曖昧になるってやつでしょ」
「俺もおばさんを埋めて、そこにアサガオを植えたところまでは覚えてる。だけどその後どうやって過ごしてたとか、あまり記憶がない……」
そういえばロビンは私と付き合っていた時、自分の事をあまり話さなかった。それこそここで働いている事も、彫金の技術があることも、モジャオと呼ばれていた事も。記憶がないのもだけど、話したくない過去では確かにあるかもしれない。
「それでさ、俺はともかく、マスターは目が覚めた時には俺よりひどく、バハムートの惨劇の瞬間からの記憶がほぼなくなってたんだ。それに加え…」
「……忘れっぽくなっていたのね」
ロビンは静かに頷いた。
「一応落ち着いてからおばさんが亡くなった事は話した」
「その時は大丈夫だったの?」
「ああ、キョトンとしてたよ。いい意味かはわからないけど、忘れっぽいのが作用してるのかもな」
確かに人は受け入れなければならない過去もあるが……。
「俺思うんだ。マスターが忘れっぽいのは、皆で楽しかった霊災前のあの時を忘れないように、新しく覚える事を制限してるのもあるんじゃないかって」
そうか、この店のレトロテイストも、その頃のピアノバーからの家具を使い、もう忘れないようにって事もあるのか。私は妙に納得した。
しかしそれにしては一つ疑問がある。
「でもゴブちゃんは?ゴブちゃんを喫茶店に迎え入れた時、マスター初めて会った風なこと言ってたけど…」
「そうなんだ。マスターはあの頃の事で、ゴブの存在だけ全部忘れている。バハムート以前に居た事もだ。ゴブは最初からここに居なかったようにな」
「なんでだろうね…良くしてもらってたはずなんでしょう」
「だけどまあ…倒れた原因がな……」
確かにそれはあるかもしれない。
ゴブちゃんの告げた一言『ママはシンダ』でマスターは倒れたのだ。もしかしたらその時自己防衛反応で、きっかけとなったゴブちゃんの存在ごと、記憶から消してしまったのかもしれない。
「ゴブちゃん、なんでその時亡くなった事、言っちゃったんだろうね」
「さあな。だけどおばさんが亡くなった事実は変わんねーし、ずっと隠し続けるのとどっちがいいか、普通に生活できてる今となってはわかんね」
その後ロビンは「隠し続ける俺もめんどくせえしな」と冗談ぽく言った。
ロビンのその場の落ちた雰囲気を明るく変えようとした一言、そういうとこ変わってない。私は冷めたコーヒーを再び口にした。
「ロビンは、マスターにゴブちゃんのこと説明しないの?」
「ゴブはあえてしらばっくれてんだよ。あの時マスターが倒れた事にあいつなりに責任感じてて、自分の事は思い出さないほうがいいってな。それでもおじさんの恩返ししたくて、必死にピアノ練習して戻ってきて弾いてるんだ。俺がなにか言うのもおかしいだろ」
「確かにね。でもなんでピアノなんだろう?そういえばマスターもゴブちゃんがピアノ弾きたい理由教えてくれないって嘆いていたな」
「喫茶店を盛り上げる意図も、もちろんあるだろうけど、それよりも……」
「それよりも?」
「誰のためでもない、マスターに弾いてやりたいと思ってるんじゃね?」
「マスターに?なんで?」
「マスター…マーニュが泣いた時、弾いてやれなかったからさ。こっそりおじさんの代わりにマスターにピアノの音色を届けるのは、あいつなりのおじさんへの恩返しのつもりなんだろ」
店内に流れているごぶちゃんのピアノの曲が静かな曲に変わる。
私が来ていてロビンとこんな話しているの、地下にいるごぶちゃんには聞こえているのだろうか?別に隠すことでもないか……。
「あーあ失敗したなぁ。そんな事あったのならごぶちゃんそりゃ怒るわけだ」
私は『マスターが忘れっぽい』と軽はずみに口にした事の重さ、ごぶちゃんに対しての理解の甘さを今更ながら悔やんだ。
「心配すんな。知らないんだしょうがない。それにゴブだって本気で怒ったわけじゃない。ただあいつは言い方が荒っぽいだけだ」
「そうだね。これからは気をつけるし、ごぶちゃんのそういう感じにも慣れることにするよ」
「そうそう、フェイのそういうとこ好きだぜ。きちんと反省して前へ進める。そういうのってなかなか出来そうで出来ない」
すぐこいつはそういうこと言う。私は照れ隠しでまたコーヒーを飲む。冷めているけど、不思議と最初よりまずくない。
雨が窓に当たる音が聞こえる。どうやら降って来ているようだ。ごぶちゃんのピアノの音色も相まり、店内はしっとりとした雰囲気だ。
「ねえ、ロビン覚えてる?昔、雨の日に私に言った事」
「俺なんか言ったっけ?」
「あの時ロビンこう私に聞いたでしょ、『ピアノと雨音って……』」
私がそう言いかけた時、店の入り口から突然見知らぬ女の子が入って来た。
「マスターいるー?」
突然のことにキョトンとしている私をよそにロビンが反応する。
「みみちゃん!きょ、今日日曜日だよ。営業日は昨日~!」
「あ?そうだっけ?なーんだマスターのコーヒー飲みたかったのに〜」
なんだこの子は……「ねえ、ロビン、誰?この子」そう聞く私にロビンが説明する。
「……みみちゃんはたまに店に踊りに来てくれる踊り子さんだ」
なんとなくロビンの歯切れが悪い。
「仕方ないなーモジャオだしコーヒーはいいや、それより少し雨に濡れちゃって寒いからちょっと奥でシャワー浴びるね」
そういうとその子は私に軽く会釈をして、奥の部屋へ入っていった。
「かわいい子だったね」
「そうだな……」ロビンは私と目を合わそうとしない。
「ははーん」
私はロビンがこの喫茶店で働いている理由を大体察した。と同時になんとなく口に含んだコーヒーの苦味を感じる。だけど嫌ではない。
私は冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
「なんだよ?あ、コーヒー飲んだな。もう一杯飲んどくか?」
「あんなまずいコーヒーもういらないわよ。スッキリはしたけどね」
「スッキリ?それならまあいいか」
「ごちそうさま。ありがとねいろいろ」
別に嫌味ではない。私は本当にそう思っていた。
「あーフェイ、さっきなんか言いかけてたけど、ピアノ?」
ロビンがそう言いかけたその時、奥から声が聞こえた。
「モジャオー、タオル持ってきてー」
焦るロビン。笑える。
「いい、いい、行ってあげな。 ”モジャオ先輩” 」
「なっ」
「とりあえず、マスターには私達が昔付き合ってた事隠しとくよ。気を遣わせないようにね」そういって私は席を立つ。
「もう帰るのか?なんだかごめんな」
「ほらほら、お姫様がお待ちよ」ロビンに手で払う仕草をする。
「お、おう、またな」
私はロビンが奥に走って行ったのを見届け、店の出口に向かう。
カウンターにはコーヒー代より少し多めにギルを置いておいた。
店から外に出るとまだ小降りだがやはり雨が降っていた。
「おーフェイちゃん、きてるきてる♪」
声に気づき見ると、マスターが今まさに店に着いた感じで立っていた。
私はついさっきまで、マスターの過去の話など聞いていたばかりだ。
少しドキッとしたが、なんだろう…マスターの笑顔をみると、ロビンの言う通りなんとなく幸せになってくる。
「はい。さっきまでモジャオ君と話してました」
「ふふふ。モジャオ君イケメンだったでしょ。どんな話したのー?」
マスターは目をキラキラさせて聞いてくる。私は期待を裏切るのを申し訳なく思うも、正直に内容を話すことにした。
「喫茶店の前に、ここがピアノバーだった時のお話とかです。大変だったみたいですね……」
「あーその話かあ。確かに大変なんだろうけど…実は私、あんまり覚えてないんだよね。その時私、父親と母親亡くしてるのにね」
なるほど…マスターまだその時の記憶あいまいなんだ。
「でもうっすら覚えてることもあってね、例えばママの歌声。ほら、お店の閉店間際にいつもかける曲あるでしょ ”エンディング” 。なんでかわかんないけど、あれ聞くと私ママの歌ってる所が頭にうかんで落ち着くんだ。ママ、きっとその時小さい私に唄ってくれたんだろうね」
とマスターはアサガオを見ながらそう話した。マスターに教えてもらったピンクのアサガオの花言葉『安らぎに満ち足りた気分』。
ママさんのその時の歌の想い、ちゃんとマスターに伝わっている。
「お客さんにもさ、私と同じ様に安らぎを感じてもらいたくて、レコードだけどこっそり終わりにかけてるんだよね」
ごぶちゃんのピアノを遮ってまで、最後にエンディングをかける理由……前聞いたときは『夢の時間を終わらせるため』って言ってたけど、本当はそういう理由もあったんだな。
「あとね、これは覚えてる。喫茶店建てた時なんだけどさ…」
そういえば、どうやってボロボロに崩れた状態から、この立派な喫茶店まで立て直せたんだろう。幼子二人とごぶちゃんだけじゃ流石に無理がある。
「霊災がおさまった頃からね、なんか知らない人たちがいっぱい来て、店を建て直してくれたんだよ。なんでもピアノバーだった頃、ママの歌声が好きだったとか、戦場でパパやモジャオ君のお父さんに助けてもらったとかね、パパもすごかったらしいよ、敵の壊れた魔導アーマー、モジャオ君のお父さんが直して、私のパパがそれに乗ってバッタバッタと敵をもう……」
そういうことか。親ってすごいな、亡くなってもなお、子供たちを助けてる。かつての光の戦士たちが今のエオルゼアを守ろうとしてたのもきっと、こういうことなんだろうな。
「ちょっときいてる~?フェイちゃん!」そう言いマスターが私を突っつく。
「はい!英雄さんのお話ですよね」
「うむ。わかればよろしい」マスターはなんとなく満足げだ。
「そうそう後もう一つ、その時私はまだ小さくて、建て直してくれてる人達にコーヒー淹れる事くらいしかできなかったんだけど、それがわりと美味しいって評判でさ、名前忘れちゃったんだけど、ある人に『モジャオとキッサテンヤレばイイ』って言われて、それがはじまりかな」
その喋り方ってまさか……。
「お店の名前のアイデアもその人から。パパの残してくれた黒いピアノ、私と同じミコッテのママから受け継いだコーヒーの味。それが今の店の名前の由来だね。『コノ名前キット、マーニュのオマモリニなる』ってさ」
『純喫茶くろねこ』そうか…あの時、私にもキラキラ光ってたように見えたのは…。
「そのお店のきっかけと名前をくれた人、それからどっか行っちゃって、でもいつかお店に来てくれたらなーと思ってる。と言っても顔も忘れちゃったけどね」
「ほら私って忘れっぽいからさ」そう言うとマスターはまた笑った。
そのマスターの笑顔を見て、私はこれはこれでいいのかもなと少し思った。
雨が少し強くなってきた。
「あ、そういえば今みみさんが来て雨宿りしてますよ」
「え?そうなんだね。なんで今日来たんだろ。間違えたのかな?」
それを聞き、私はふと思った。
「あれ?でもマスターこそ今日来れないって話じゃ……」
「そうそうなんか用事あったはずなんだけど、また忘れちゃって。というか、それよりフェイちゃんの事の方が気になっちゃって、こっち来てみた。でもおかげでみみちゃんにも会えそうだし来てよかったよ」
私はマスターの用事大丈夫なのかと思いつつも、マスターの大事な事の中に自分も入れてくれたようで、感激した。
「じゃ私は帰ります。また次の土曜日よろしくお願いします」
「はーい。こちらこそよろしくね。みんなでがんばっていこうね」
「はい!」
私は改めてこの純喫茶くろねこの一員に成れた事を感じ、嬉しく思った。
店の扉を見て思う。やっぱりこの扉が "新しい世界の扉" だったんだ。
空を見上げると結構雨が降り始めていた。
私はなんとなく初出勤した時の事を思い出していた。
そして「水も滴るいい女もいいかもね」と差しかけた傘をしまう。
店からはごぶちゃんのピアノの音色が少し聞こえる。
ぴちゃん、ぴちゃんと水たまりに、雨が音を奏でる。
私はそれに合わせ軽くステップを踏んだ。
おわり
第9章(最終章)とある喫茶店の店員たちの話 おわり
以上で本編は終わりになります。長い物語読んでいただきありがとうございました。
本作は以前、私がX(旧Twitter)上で連載していたお話の再編集版となっており、作中に登場した喫茶店、【純喫茶くろねこ】はFF14エオルゼアの地に実在(従業員含め)しており、営業もしております。
もちろん内容はフィクションでありますが、店内の雰囲気はリンクしている所もあり…。本作を読んで、もし少しでも気になりましたら足を運んでくださると、大変嬉しく思います。
※住所、営業日などはこの後に続く、本作の主人公のSwordfish Fayeさんに書いて頂いた「あとがき」の後に記載
皆様のお越しを従業員一同、心よりお待ちしております。
著者・【純喫茶くろねこ】店主 Charle Magne
あとがきに続く
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