見えている景色が同じとは限らない
こんにちは。
私は中国で人材コンサルタントというものを生業としているのだけれども、世界中がコロナ禍に見舞われる前、つまり3年ほど前に日本の中堅スーパーから日本国内で中国人を正社員として雇用したいという依頼があり(注:研修生ではなく、あくまでも日本の大卒と全く同じ雇用形態)、これまで若干名の優秀な中国人を日本に送り込んだ。※この企業側の意図についても面白いのだが、その話は別の機会に書こうと思う。
しかし、ご存知の通り在留資格を不正に受給したり、偽造したりする外国人も多く、その内の80%が中国人との報告もあるためか(絶対数が多いというのも背景にある)、在留資格の申請、審査、発給条件が厳しくなっている(もちろんコロナ禍の前の話です)。そんな訳で在留資格の申請から発給までの時間が長くなっている傾向にあった。
このため当時通常なら内定から3ヶ月程度で入社出来るところ、半年ぐらいかかってしまったケースもあり、2度ほど予定していた入社日を止むなく変更せざるを得ない事態が発生した。
本題はここから。
これを内定者たちに通知したのだが、この内の1名の中国人から「私が要らないのなら要らないと言えばいい。説明会の時の予定、内定後の予定からだいぶ予定が変わっていて、騙されたと思っている」との返信が来た。
恐らくこの人は自分だけがそのような対象になっていると感じていたのと、在留資格やビザの手続きの煩雑さなどを理解していないのだと思い、懇切丁寧に説明をした結果、ご本人からはなんとか理解を得ることが出来「『騙された』は言い過ぎでした。すみませんでした。」との謝罪もあった。
しかし、ここで私が少し怖いと思ったのは韓国との慰安婦問題や徴用工問題と同様、入社後に社内で仕事が大変だったり、日本企業の社風が合わずに「騙された!」と言うような訴えが出て来る可能性だ。
弊社や私はもちろんだが、雇用企業側も騙してなどいないし、ましてや騙してまで連れていくメリットもないので、これまでも懇切丁寧に説明し、理解を得て来たつもりだ。
しかも募集に対して応募して来たのは本人なので、当時、何をもって「騙された」と感じたのか、その核心はわからない。
しかし、こちらとしてそんなつもりはなくてもそう感じてしまう、言われてしまう、としたら、そのリスクはヘッジしなくてはならない(もちろん正式な労働契約書も締結しているし、念書なども本人や家族にも書いてもらっている)。
しかしそれさえも「甘言を以って不当に書かされた」と言われたらもうこれはどうしようもない。
内定されたのは四年制の大卒で日本語能力も一定レベル以上の人材ばかりだが、説明会や個別の面談、面接等においてはどうしても言葉の問題でニュアンスが伝わらなかったり、また仕事や休暇に対する感覚や前提条件が日本人の感覚とは違うので、ある一つの事を説明し、本人から「わかりました」と同意を得ても、本当にこちらが意図した内容と意味を理解しているかどうかはわからない。
もちろんこの場合、善良な勘違いや思い込みだけとは限らないが、それは当地でも日本でも良くある事なのでそこはある程度想定出来る。
問題はお互いが違う解釈をしているような場合だ。つまり両者が本当に同じ景色を見ているかどうかはわからないのである。
この時の内定延長がいい例である。
恐らく海外や異民族との契約関係に疎い日本人や日本企業は私も含めてここの詰めが甘いのだろう。
もちろんこの事象をもってすぐに韓国との慰安婦問題や徴用工問題と同一視していいものか?とは自分でも思うが、今回の「騙された」発言から、同じ事象とまでは言わずとも遠因としては同根のような気がしてならない。
単純に中国における働き方と日本におけるそれは違う。それは経営方針や社会における企業の役割、また流通業界であればサービスの概念なども大きく異なる。
通常はそれらは各個人がある程度のバッファを埋めていくところではある(現に我々は中国社会でそうしてきた)のだが、それが出来ない人にとっては苦痛と感じ、やがてそれは理不尽なもの…という結論に達する可能性はある。
その意味においては面接時に説明を尽くすこと(例えばその場に中国人の先輩社員などを同席させ説明してもらうなど)、資質としてそれらの問題解決が出来るか否かを見抜くこと(適正検査での見極め)など、基本的なところに立ち返った対応が必要だと思ったし、これは中国で日系企業が中国人を雇用するときにも当てはまることかと思う。
いずれにしてもさらなる対策を考える必要がある。
江花隆一郎(蘇州スコープ人材コンサルティングサービス総経理)