見出し画像

朽木形(文様の話)

愛読する『有職色彩図鑑』に続き、同じ著者の『有職文様図鑑』『有職植物図鑑』を衝動買いしました。『文様』のほうがコンパクトで持ち運びしやすいため、通勤途上に眺めて楽しんでいます。

日本の代表的な文様を解説した本で、なんとなく知っているものから意外なものまでバラエティに富みます。
その中で、ちょっと理解に苦しむ文様が出てきました。

朽木形(くちきがた)
これが何を象っているのかというと、枯れ木だという説もあるが、平安中期の『栄花物語』には「御几帳、みな朽木形のいみじう青やかにめでたきも、この春には埋木もなきにやと見ゆ」とあり、文字通り埋もれ朽ち果てた木」をモチーフにしたものと考えられる。

八條忠基『有職文様図鑑』平凡社

朽木形は、朽ちた木や板、あるいは木が腐食して木目が浮き上がった状態を文様化したものとされます。
平安以降、几帳※1、壁代※2などに用いられ、神社では、神聖な空間であることを示すために周囲に巡らすように使われました。
現在でも、神社の帳※3に用いられ、白地にくすんだ赤色である蘇芳で表現されることが多いそうです。

※1 几帳:きちょう。二本の柱を立て横木を渡し、間仕切りの為に布をさげたもの。
※2 壁代:かべしろ。貴族の館で目隠しの目的で用いられた布。
※3 帳:とばり。垂れぎぬ。

ついこの間訪れた、目黒のたこ薬師成就院の入り口にもありました。

たこ薬師成就院

これだけみれば、きれいな文様です。
その造形の美しさを楽しみたいなら、わざわざ朽木なんていう名前をつけなくても…。

朽木を実際に見てこようと、近所を散策して写真を撮ってきました。
確かにこの文様に、似ているといえば似ています。

でも、いくら侘び寂びがすきな日本人でも、これをわざわざ文様にして身近におきたいと思うかな。
几帳や帳など、空間を隔てるものに用いられていたそうだから、枯木を何かの象徴としてみたてているのかな。

白地に蘇芳という配色以外の色は使われていないかと、画像検索もしてみましたが、それ以外の色はあくまで例外的なもののように見えました。

朽木形が出てくる古文の文章を見ると、必ずしも侘び寂びを見出しているようには感じられません。

青やかなる簾の下より、几帳の朽木形のいとつややかにて、紐の吹きなびかされたる、いとをかし。

清少納言『枕草子』

青々としたすだれの下から、几帳の朽木形の模様がつやめいて、紐が風で吹き流されている様子はとてもおもむきがある。

この文章からは、五月の風の中を泳ぐ鯉のぼりのような、若葉に風が吹いているような、さわやかな雰囲気を感じます。

うーん。なんだろう。この感覚のずれは。
どこか根本的に勘違いをしているのかな。
結局、釈然としないまま、調べを終えました。


その何日か後、何気なく以下の記事にアクセスし、写真を見た瞬間、驚きました。

枝葉を伸ばす、生命力にあふれた大木の姿。
樹肌に映り込む木立の陰が、朽木形にそっくりだと思いませんか。
生き生きとした文章の力も手伝って、生命力あふれる朽木形だ、と思いました。

朽木形は、もとは朽ちた木の姿を映し取ったものなのだろうと思います。
ただ、もともとは生きていた木であり、それが、自然の中に還ろうとしている姿です。
文様が描かれた白布が風になびく姿に、大地に根を張って立っていた、在りし日の木の姿をだぶらせてみてもいいのかも。

昔の人がこの文様をどのようにみていたかは、わかりません。
ただ、そんなふうに考えてはじめて、この文様を眺めるのが少し楽しくなってきました。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集