東欧医学部を中退しようと思った話

1度本気でブルガリア医学部を中退しようと思ったことがあります。

大学を辞めたいと思い出したのは、かなり早い段階で、入学して数ヶ月の間でそんな風に思い始めていました。

1番大きな理由は、留学前の期待と現実がかなり乖離していたからだと思います。

ブルガリア医学部に入学して初めての夏休み。

私はもちろん一時帰国することを選びました。
仕事を休んで迎えに来てくれた母と、「ブルガリアでの生活はどうだ」とか「授業にはついていけているのか」とか、そんなたわいもない話をしながら電車に揺られていました。

ブルガリアの大学で、悪戦苦闘しながらも充実した毎日を送っている話が聞けると思っていたであろう母の予想に反して、私がやれ施設が古いだとか、授業がいい加減だとか、私の口から飛び交う愚痴の数々に母の我慢が限界に達したのでしょう。

母「じゃあ、大学辞めて日本の医学部を再受験すればいいじゃん！！」

私「今さら勉強したところで受かるわけない！」

まさに売り言葉に買い言葉でしたが、その後は二人とも口を開きませんでした。半年ぶりに家族と過ごせる記念すべき1日が台無しになった瞬間でした。

それからというもの、私は悶々とした夏休みを過ごしていました。

ブルガリアの医学部を辞めて日本の医学部を受験するか、それとも大学を続けるか。

私がブルガリア医学部留学を決意したのは高校1年生の時。

ブルガリア医学部受験科目は日本の医学部受験科目とは全く違います。

ブルガリア医学部受験のために必要なのは高校での成績でした。

もし日本の医学部を再受験するにも、私には国立医学部の選択肢しかありません。

私は珍しく単位制の高校に通っていたので、足きり以上の成績をとる事を目標に、必要最低限の授業を選択して、授業の出席日数を調整しつつ、さぼりながらバイトを続けていました。

そのため、日本の医学部受験に必要な数学や社会などの授業を受けていませんでした。

母は医学部受験を舐めている…

医師家系ではない私には、こういう時に気軽に相談できる相手がいませんでした。

そんな時に思い出したのがM先生。

M先生は、私がブルガリア医学部に提出する英文健康診断書類を作成してくださった先生で、当時はまだ知られていなかった東欧の医学部受験に大変興味を持ち、連絡先を教えてくれていたのでした。

『日本の医学部に再入学するか、ブルガリア医学部を続けるか迷っています。相談に乗っていただけないでしょうか。』

藁をもすがる思いで、M先生にメールを送りました。

M先生は忙しい中時間を捻出してくださり、後日、先生の職場の近くのスターバックスで、私はこの半年間のブルガリア医学部での出来事や、再受験するにあたっての自分の現状をまくし立てていました。

そんな私を横目にM先生は静かに熱いコーヒーをすすっていました。

M先生「ブルガリアの医学部を続けるにしても辞めるにしても、どちらの選択肢を選んでも後悔すると思うよ。」

話も終盤に差し掛かったところで、M先生はきっぱりとそう仰いました。

その一言が結びの言葉になって、私たちはスタバを後にしたのでした。

家に帰って、改めてM先生の言葉を思い返してみました。

M先生の言葉の真意が19歳の私には理解できませんでした。

19歳の私の行動理由って、好きだからやるとか、出来る出来ないとか、その程度でしかなくて、自分で選び取れると思っていた私は何かに後悔した事がなかったのでした。

どちらを選んでも後悔するなら、ではどうやって選べばいいのか...

結局、私はブルガリア医学部を辞めませんでした。

辞めれませんでした。

日本の医学部を受験して合格できる可能性が限りなく低いであろうと判断して日本の医学部を受験しなかった私が、今更そこに自分の人生をかけるという勇気がわきませんでした。

医師になれる確率なら、すでに入学している分、ブルガリア医学部を続ける方が高確率なのは明白です。

『どちらの選択肢を選んでも後悔するなら、選んだ選択肢を正解だと思えるように生きていこう！』

私の中で、ブルガリア医学部を続ける覚悟は決まりました。

M先生の言葉に励まされて6年間頑張り続けられたことを、卒業して帰国した際に報告したら、先生は嬉しそうに笑っていました。